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 人にかぎらず生物は、いつか死んでしまいます。不老不死という言葉がありますが、みなさんは不老不死が可能だと考えますか?

 

 答えは・・・・あるといえばある、ないといえばない、ということになるでしょう。

 

 『記憶と細胞の関係』でもお話したように、記憶には2つに種類の記憶があります。ただたんに「生命」といった場合、ほとんどの人は自分自身の「命」を考えます。「自分が死んでしまったら無になるだろうし、究極、自分の死は世の中の終わりといっしょだよ」などという悲観的な声も聞こえます。それはそれで誤りではありません。生命科学では、「魂」や「精神」は大脳皮質に蓄積された情報(記憶)としてのみ理解しているからです。

 

 しかし生命科学者は個体としての生命のほかに、「種の連続としての生命」を考えています。というより、生命科学で扱える領域はこの生命しかないともいえます。4つの塩基配列であるDNAが生命の営みそのものであることはよく知られた事実ですが、なんの目的で、いったい誰がこの仕組みをつくったのか誰にもわからないのと同じく、なぜ機械的な神経回路である脳が「魂」や「精神」に関与しているのか、いくら生命科学が発達しても解明されることはないからです。

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 非常にドラマチックな話になってしまいますが、なんらかの原因でこの地球に生命が誕生し、原始細胞が誕生しました。その細胞が細胞分裂を繰り返すということはその遺伝子が保存されるということで、遺伝子のレベルでは不老不死ともいえましょう。個体のしという概念はありません。

 

 そして現在、私たちが老いて死んでも、生殖というステップを踏んで、私たちの遺伝子は脈々と次の世代に伝わります。本質において原始細胞の遺伝子リレーと同じです。

遺伝子リレー

 再生医療とは、この遺伝子を意図的に操作することでもあります。むしろ細胞という生物学的な生命構築の源である遺伝子を操作する再生医療では、積極的にこの神の領域に関わることの方が多いといえましょう。簡単な例でいうと、人間の指は切断されたら、決してもとどおりに生え換わることはありません。おおげさにいうとこれは、遺伝子というプログラムが定めた宿命なのです。しかし、その宿命に逆らうことができる技術が再生医療なのです。

 これはなにを意味するかというと、有史以来私たちを含め生として生ける「命」が決して関わることのできなかった「種としての生命」までも操作できる技術、ということがいえるのです。

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