人体を構成する細胞の特殊性とは?の記事一覧


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 みなさんは「臓器とはなにか?」と質問されれば、迷うことなく心臓や肝臓などの臓器を思い浮かべるのではないでしょうか。そしてみなさんは、これらの臓器がそれぞれ異なる「はたらき」をもっていることを容易に理解されるでしょう。だとすれば、臓器は単なる細胞の集合体ではないものと思われます。では、臓器とはなんでしょうか?

 

 これまで解説してきたとおり、確かに私たちは受精卵という1個の細胞にすぎませんでした。しかし赤ちゃんとして生まれたとき、つまり完全にヒトの形になったとき、その体は約200種類の細胞から成り立っているのです。これらの細胞は、共通の働きをもつもの同士で集まり、組織を形成します。さらに、関連する機能をもつ組織が集まって器官(動物の器官は臓器ともいう)を形成し、関連する器官が集まって器官系を形成します。

 

 このように細胞ではなく臓器として成り立つためには、細胞とは違うもう1つの要素が必要になります。それがマトリックスと呼ばれるものです。余談ですが、再生医療の実用化の現場でもこのマトリックスは非常に重要な概念で、足場(スキャフォールド:Scaffold)と呼ばれています。厳密にいうとマトリックスは、生物ではありません。臓器となりためには細胞が単に集まっただけではダメで、それを結びつける構造物が必要となり、これをマトリックスと呼ぶのです。

 

 たとえていうならば、細胞が人間、マトリックスは家や道路や車だと考えると分かりやすいかもしれません。家や道路や車は人間がつくりだしたものですから、人間がいないとなにも始まりませんが、かといって人間がいくら集まっても町と呼べません。町として機能するのと同じように臓器が機能していると呼べるのは、細胞に臓器特有のマトリックスをつくったあとなのです。

臓器と細胞の違い

 なお、ヒトの器官系(臓器)のおもなものとして、以下のようなものがあります。①循環器系:心臓、血管など、②消化器系:口、胃、肝臓など、③運動器系:骨、関節、筋など、④神経系:脳、脊髄など、⑤感覚器系:目、耳、鼻など、⑥泌尿器系:腎臓、膀胱など、⑦呼吸器系:肺、気管など、⑧生殖器系。 

 このように臓器を町とするならば、細胞はその住民で独自の機能をもっているのです。


iPS細胞について, 人体を構成する細胞の特殊性とは?


 みなさんはトカゲを見つけて、しっぽをつかんだ経験はありませんか? 私は小さいころ、トカゲを見つけてはしっぽをつかんでよろこんでいると、気づいたら手にはしっぽだけしかなく、トカゲがいなくなっていることがよくありました。これは、トカゲが敵に襲われそうになったとき、自分でしっぽを切って敵がそのしっぽに目を奪われている隙に逃げてしまうという行動をとるからです。

トカゲ

 

 トカゲはこのようにして身を守りますが、ただ、しっぽを切って終わりではなく、切れてなくなってしまったしっぽはいずれ再生され、また立派なしっぽが生えてきます。このように、トカゲは切断されたしっぽを再生させる仕組みをもっていますが、なぜトカゲのしっぽの細胞は、しっぽをつくれるのでしょうか? トカゲのしっぽは切断されると、しっぽの先端にある細胞が外気に触れ、活性化されます。そして活性化された細胞は、分裂を繰り返していろいろな役割をもった細胞に分化していき、新しいしっぽがつくられるのです。

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 ちなみにトカゲが切断されたしっぽを再生させつ仕組みは、ほんの少し前まで完全には解明されていませんでした。しかし2007年、ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジの研究チームが、再生させる際に主要な役割を果たすタンパク質の分子シグナルを発見したのです。この発見により、切断された分子の近くの神経細胞と上皮細胞がnAGと呼ばれるタンパク質を分泌することで、新たな器官や足を生み出す未分化細胞である芽細胞(より万能細胞に近い幹細胞)を刺激し、その形成が促進されることがわかりました。

 もちろん、このような仕組みは人間にはありませんから、なくした指は二度と生えてきません。現代の治療体系の延長線上には、無くした指をふたたび生やすことは不可能です。死んでしまった人間をよみがえらせることと同じくらい不可能です。しかし「ES細胞(胚性幹細胞)とiPS細胞の違いは?」でお話したiPS細胞とnAGと呼ばれるタンパク質さえあれば、人間の切断された指はもとに戻るような気がします。ただ、いくらiPS細胞の技術と分子シグナルの研究が進んでも、今後なくした指が生えてくる可能性はかなり低いと思います。しかしゼロだった可能性が0.1%くらいになったかもしれません。「ゼロ」と「少しはある」とは、大きな違いなのです。


iPS細胞について, 人体を構成する細胞の特殊性とは?


 最近よく話題になっているものにiPS細胞(人工多能性幹細胞)があります。みなさんもテレビや新聞、雑誌などで一度は名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。

 

 iPS細胞は人工的につくられた万能細胞(多能性幹細胞)のことで、2006年に京都大学の山中伸弥教授らのグループが、マウスの線維芽細胞を使って世界で初めて作成に成功しました。教授らは体細胞に数種類の遺伝子を人工的に組み込むことによって、万能細胞であるES細胞のようの非常に多くの細胞に分化できる分化万能性と、分裂増殖を経てもそれを維持できる自己複製能をもたせることに成功しました。さらに山中教授は、2007年にヒト皮膚細胞からヒトのiPS細胞の樹立にも成功しています。

Shinya_yamanaka10山中伸弥教授 (写真:wikipedia)

 このiPS細胞、いったいなにがそんなにすごいのでしょう。簡単にいってしまえば、「幹細胞と万能細胞の違いは?」でお話したようにプラナリアは、成長してもその体内に万能細胞が残っているため体を3つにちょん切っても、尾から胴体が、胴体から頭や尾が生えてきます。しかし、高等動物である私たちの体の中には万能細胞など残っていないので、プラナリアや「トカゲのしっぽは生えるのに、なぜ人間の指は生えないのか?」で述べるトカゲのしっぽのような現象は起こりません。「私たちの体の中に自分自身の万能細胞が残っていないのならつくってしまえ!」そして実際に「つくってしまった!」というのがもっともインパクトのある部分なのです。

iPS細胞の顕微鏡写真(iPS細胞の顕微鏡写真)

プラナリアの分化(プラナリアの分化)

 

 いままで、生物を構成すつ数々の細胞に分化しうる万能細胞は、動物に発生初期段階である胚盤胞期の胚の一部である内部細胞塊や、そこから培養されたES細胞およびES細胞と体細胞の融合細胞、一部の生殖細胞由来の培養細胞のみにしか見られない特殊能力と考えられてきました。ところがiPS細胞は、生体外で、倫理上すべての組織や臓器に分化誘導することが可能な万能細胞です。つまりヒトの患者自身の細胞からiPS細胞を作成できれば、拒絶反応のない組織や臓器を作成でき、それが移植することができるようになると思われます。また、ヒトES細胞の使用において懸案事項であった、胚盤胞を失うことに対する倫理的問題の解決にもつながることから、再生医療の現実ものもとなる日が近いかもしれません。

 


iPS細胞について, 人体を構成する細胞の特殊性とは?


 幹細胞とは臓器を修復する能力(これを再生能力と言います)をもった特別な細胞であると、「幹細胞とはなにか?」でお話しました。それに対し万能細胞とは、もっと普遍的にどんな細胞にも変化することができて、どんな傷でも治すことのできる能力(多分化能)と、そういう細胞に変化しても細胞分裂を行うことで自分自身のコピーを生みだし、その万能性を失わない能力(自己複製能)をあわせもっている細胞です。いわば幹細胞の王様で、その代表的なものが受精卵です。

 

 つい最近まで、私たちの哺乳類のような高等動物は、成長した体内には受精卵のような万能細胞が存在せず、消滅してしまっていると考えられてきました。実際に今の医学教育においてもヒトの体内に万能細胞など存在しないことを前提に治療理論が構築・講義されています。

 

 一方、かなり昔から、プラナリアという生物は、体の中にどんな細胞でも生みだすことのできる万能細胞が存在していることが知られていました。すなわち体を半分に切ると、切り口に万能細胞が集まって体の足りない部分の細胞をどんどん生み出していくため、体全体をもとどおりに再生することができるのです。このように、どんな器官にもなりうる多分化能をもった細胞のことを万能細胞といいます。

sabah-malaysia-borneo-16161569-l(プラナリア)

 私たち高等動物は、もちろん傷を治したり病気から立ち直ったりするために必要な幹細胞を体内にもっていますが、幹細胞の王様、オールマイティーな万能細胞は消滅していて、手に入れることはできないということになっています。われわれ自分自身が実際にもっている幹細胞の能力は非常にかぎられているため、数種類の細胞しかつくることができず、再生能力にも限界があります。しかし、受精卵の発生段階における初期胚で、受精卵を同じようにあらゆる細胞に分化する能力をもつ万能細胞である胚性幹細胞を治療に利用すれば、現在の治療倫理体系では絶対に不可能な病気の治療ができるはずだと考えられてきました。しかし胚性幹細胞は受精卵からつくられるため、生命の可能性を壊すことになり、生命倫理的に問題視されてきたのも事実です。


iPS細胞について, 人体を構成する細胞の特殊性とは?


 転んで足をすりむいた程度なら、多少血がにじんでもやがてその血は止まるし、かさぶたができそれが取れてもとの皮膚に戻ることを、多くの人は「あたり前」の現象だと感じています。しかし、このあたり前に思える現象も、注意深く考えれば決してあたり前ではないことがわかります。なぜなら、傷の深さが数ミリ、範囲が数センチ程度の「かすり傷」程度であれば、このあたり前の現象は起こるでしょう。しかし、その傷の範囲がもう少し深く、広くなるとどうなるでしょうか? それでもまだ大丈夫ですが、それより深くなれば今度はどうなるのか・・・・。

 

 こう考えると「あたり前」の現象は、無制限・無条件に起こるわけではないということが理解できます。皮膚の再生というあたり前の現象が起きなくなる限界。この限界が、われわれヒトという種がもつ表皮幹細胞の性能限界と考えると、幹細胞が理解できるでしょう。この性能限界を超えた「すり傷」、たとえば深さ5ミリ、範囲はすべての皮膚の「損傷」を受けたヒトは、再生が追いつかず、やがて人体そのものも死に至ります。

 

 この例で、皮膚の再生の役目をになっているのが表皮膚幹細胞なのです。表皮膚幹細胞は、傷ついたり古くなった表皮細胞を入れ替えるために新しい表皮細胞をつくっています。このように一般的に幹細胞は、新しい臓器(表皮)を無からつくりだす能力(多分化能)をもっています。そしてその能力は細胞分裂をしても失われることはありません。つまり幹細胞は、この再生能力と細胞分裂を経て新しい臓器(表皮)をつくっている一方、その再生能力を維持できる能力(自己複製能)を合わせ持っている細胞なのです。ちなみにもっと広い意味での幹細胞という名の名前は、細胞系譜(受精卵から成体に至るまでの各細胞の文化の道筋を明らかにしたもの)の幹になることから名付けられました。この幹細胞ですが、実にさまざまな種類があります。

 たとえば傷ついた皮膚を再生させるために働く幹細胞は、皮膚しかつくりだすことはできません。こうした範囲はせばまるものの臓器や組織を再生させる能力を保ったものを体制幹細胞といい、表皮系幹細胞のほか、造血幹細胞神経幹細胞筋肉幹細胞肝臓幹細胞などが知られています。

幹細胞の多分化能


iPS細胞について, 人体を構成する細胞の特殊性とは?