人体を構成する細胞の特殊性とは?の記事一覧


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 みなさんは羊のドリーについてのニュースをご存知でしょうか? 1997年にスコットランドのロスリン研究所で、除核した胚細胞に体細胞の核を移植する技術を用い、世界初の体細胞核由来のクローンである羊のドリーが誕生しました。

 

 このように往年のバイオ技術の進歩には目を見張るものがあります。そして今回、人工生命の誕生という、さらに衝撃的なニュースが飛び込んできました。2008年に、米国の生物学者でセレラ・ジェノミクス社の創立者、J・クレイグ・ベンダー博士率いる合成生物研究チームがマイコプラズマ・ゲニタリウムというバクテリアのゲノム(全遺伝子情報)を人工合成し、『サイエンス誌』の電子版に発表したのです。2010年、さらにマイコプラズマ・ミコイデス細菌の人工DNAを移植した細菌の自己増殖に成功したとも報告しました。

クレイグ・ベンター

 

 

 

 

 

クレイグ・ベンダー

(写真:Wikipedia)

 

 彼らはマイコプラズマ・ミコイデス細菌のDNAをマネて化学的に合成したDNAをつくり、そのDNAを別の細菌に移植しました。この移植された細菌は、そのDNAに従って組織を変化させて複製のもとになったマイコプラズマ・ミコイデスと同じタンパク質をつくり、さらに自己増殖することも確認されたそうです。

マイコプラズマ・ゲルタリウム

 このように細菌ではありますが、ついに人工生命ができるところまで科学は進歩してしまいました。今後ますますバイオの技術は発展し、いずれ高等生物における人工生命が誕生してしまうかもしれません。しかし、このような生命体は自然界のものではないため、もし自然界にこのような生命体がでてしますと生態系はどうなってしまうのでしょうか?

 私たちは科学技術の発展を望むとともに、その科学技術が、発展するがゆえに生じる問題についても考えていく必要があるのではないでしょうか。


iPS細胞について, 人体を構成する細胞の特殊性とは?


 現在における生命科学の進歩は、さまざまな細胞を操作する技術を生み出しました。これらの基本技術を用いたいくつかの具体的な細胞操作例についてもお話しましょう。

 

 ヒト体性幹細胞(決められた臓器にしかなることができない)の利用に関してはある程度成功し、技術も確立しています。ほかに皮膚幹細胞(皮膚に分化)や角膜幹細胞(角膜に分化)、骨髄や脂肪組織中に存在する間葉系幹細胞(骨、軟骨、血管などに分化)などがあり、これらはすでに臨床研究で用いられています。また、ヒト胚性幹細胞(ES細胞や万能細胞)については、米国のバイオベンチャーであるジェロン社で、脊髄損傷の患者に対して能や精髄の神経細胞を保護する役目をもつ細胞を精髄に注入する治療の臨床試験が始まっています。

 

 そのほかにも、たとえば東京医科女子大学で開発された細胞シート技術は、直接患部の表面に貼りつけて機能を回復させるもので、現在、角膜で臨床応用され、心筋にも応用されつつまります。iPS細胞については世界中で注目を集めていますが、まだ始まったばかりの技術のため、がん化を含め、予期せぬ事態が起きるのではないかという懸念もあり、臨床応用はまだ先ではないかと考えられています。

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細胞シート技術細胞シート技術

 しかしiPS細胞をはじめとしたこれら現在用いられている再生医療の中核となるのは、遺伝子を知り、遺伝子を人工的にコントロールする技術といっても過言ではありません。特にiPS細胞の作製には、遺伝子を操作する技術が充実していたことによる要因が大きいでしょう。もちろんその背景には、がん遺伝子の研究や細胞制御の研究などがあったことは当然です。

 少しわき道にそれますが、遺伝子の研究や遺伝子の操作には、生命と物質の境界(いまだに議論が分かれる)のようなウイルスが非常に重要な役割を果たしていまして、いまでも遺伝子導入の有効な手段としてウイルスはもっとも有用です。そういうことを考えると、ウイルスという構造物は、もしかしたら神様が人類に与えた、鉄や電気、火といったものと同じ福音なのかもしれません。


iPS細胞について, 人体を構成する細胞の特殊性とは?


 がん細胞とは、たんに①無秩序無制限な増殖(不死化)をするだけでなく、②自分とは違ったものに分裂する能力、すなわち非対称細胞分裂を獲得してしまいます。がん化していない通常のわれわれの細胞(体細胞)は決められた回数のみ細胞分裂を行い、それ以上の細胞分裂は行いません。そしてある一定の細胞分裂のあと、アポトーシス(細胞自殺)もしくは細胞老化という状態になり、その機能を停止します。また、細胞分裂も、もとの細胞(母細胞)とできた細胞(娘細胞)はまったく同じで、違う細胞に分裂することは絶対にありません。これを恒常性と呼びます。皮膚から突然歯が生えてくることもなく、脳の中に突然毛髪ができないのは、この恒常性のためです。しかし、冒頭でも書いたように、がん細胞は、①不死化と、②非対称性分裂能を獲得しています。

 そこで、少しがんの話を離れ、今までお話してきた受精卵や万能細胞といったものを思い起こしてください。通常の体細胞と対比するキーワードの1つに非対称分裂がありました。細胞分裂で、まったく違うものに分裂してしまう能力のことです。受精卵(万能細胞)にもしこの能力がなかったら、受精卵は何万回分裂しようと無数の受精卵が複製されるだけで1個の哺乳類や生命にならないことはすでに解説しました。この能力は、がん細胞と万能細胞だけに備わった非常に特殊な能力なのです。さらに驚くべきことに、がん細胞に備わっている不死化(無制限の増殖)という特殊能力も、万能細胞には備わっているのです。たとえば、一卵性双生児とは、ある程度細胞分裂を終えた状態の細胞集団(分裂細胞の集まり)になんらかの原因が加わり、2つに分割されてしまったときに起こると書きました。最初の受精卵(版の細胞)が1回1回分裂するたびに老化してしまったら、ある程度細胞分裂が終えた段階で分割された細胞を起源とする一卵性双生児は正常な状態で存在できなくなります。でも、双子はあたかもたった1つの新品の受精卵をもとにしたように生まれてきます。このことは、万能細胞が不死化した状態で分裂できる間接的な証明にもなっているのです。そして、iPS作製時に使った山中ファクターにがん遺伝子のc-Mycが含まれていたのは、こういう意味から考えても至極必然なのです。

C-Myc発がん遺伝子

 

 

 

c-Mycと呼ばれる発がん遺伝子

(写真:Wikipedia)


iPS細胞について, 人体を構成する細胞の特殊性とは?


 これまでも説明してきましたが、ヒトの体は細胞からできています。がんは、ふつうの細胞から発生した異常な細胞のかたまりです。がん細胞は、体の命令を無視して増え続けているため、体の大切な組織を壊してしまいます。

 

 がん細胞は、生体内にもともと存在していなかったはずなのに、なぜできるのでしょうか? 正常細胞は、増えるために細胞分裂を行いますが、細胞を増やすかどうかは遺伝子の指令にもとづいています。この遺伝子は細胞が増えるようにうながしたり、停止させたりすることで、必要なときのみ細胞を増やします。しかし、この遺伝子になんらかの要因で傷がつくと、正常な細胞が徐々にがん細胞に変化し、やがて細胞を増やす指令を行うだけど停止させないようになります。このがん細胞への変化の要因となる遺伝子は、増えるようにうながすがん遺伝子と、増えることを停止させるがん制御遺伝子です。このいずれかもしくは両方の遺伝子のDNA配列が変化してしまったり、DNA配列が変わらなくてもメチル化などの科学修飾を受けて発現状態が変化したりすることで、正常細胞はがん細胞に変化していくのです。

がん細胞の増殖

 こうして、一度がん細胞になってしまうと増殖を絶え間なく繰り返すだけでなく、血管やリンパ管を流れて遠い部分に移転したりします。正常な細胞であれば、細胞が誤って血管に入っても破壊されるため、ほかの臓器に移って増えることはありません。しかし、がん細胞はたとえ1個の細胞でも他の臓器に定着して増えることができます。

がん遺伝子の転移の仕組み

 このように、がん細胞は正常細胞にはなかった多くの性質を獲得しているのです。


iPS細胞について, 人体を構成する細胞の特殊性とは?


これまで細胞についていろいろお話してきました。受精卵は非対称性の細胞分裂を繰り返し、いろいろな役割をもった細胞を200種類以上つくりだします。その後、これらつくりだされた細胞がマトリックスをつくりだし、臓器を形成します。その臓器が有機的に協力して、私たちは哺乳類という1つの生命ができているのです。すべてはたった1個の細胞、そしてたった1対のDNA(父と母の合体した遺伝子情報)から始まっています。そして、細胞分裂は対称性分裂であろうと、非対称性分裂であろうと、受精卵の細胞分裂であろうと私たちの髪の毛が伸びるために行われる細胞分裂もまったく同じで、遺伝情報を各細胞に均等に振り分けます。つまり、細胞にある遺伝情報はどの器官でも同じなのです。この話を聞いて、みなさんが不思議な感じがするのも無理はありません。

 

 われわれの体を構成する細胞は始祖の1対のDNA(父と母の合体した遺伝情報)という同じ情報なのに、どうして細胞の働き方がこうも違うのでしょうか? 先ほども触れましたが、遺伝情報をもつDNA配列は同一であるにもかかわらず、ある細胞は心臓になったり、またある細胞は皮膚になったりと、その形態はさまざまです。つまりここには、なんらかの遺伝子の発現を制御する仕組みが存在しているのです。

 

 たとえていうと、われわれを構成する60兆個の細胞は等しく万能の体の設計図をもっていますが、心臓の細胞は心臓の設計図以外は働かなくする仕組みが備わっています。その機構としては大きく2つが知られています。そのDNAのメチル化ヒストン修飾です。メチル化はおもにシトシンをメチル化することで、遺伝子にカギをかけてその発現を制御します。ヒストンはDNAを取り巻くタンパク質で、メチル化やアセチル化、リン酸化などの修飾を受けることで遺伝子の発現が制御されています。たとえば、ヒストンがアセチル化されているとDNAとタンパク質の複合体(クロマチン)は開き、遺伝子の発現が始まります。

DNAのメチル化

 このように皮膚の細胞の遺伝子は皮膚の部分だけカギが外れており、心臓の細胞では心臓の部分以外はカギがかけられていると考えていいでしょう。ちなみに、そのカギを人工的に全部外してしまうことに成功したのがiPS細胞なのです。


iPS細胞について, 人体を構成する細胞の特殊性とは?