iPS細胞についての記事一覧


Sponsered Link

 『老化のメカニズムとそれを抑える方法』でいくら医学(再生医療)が発達しても人間の脳は死(終焉)をまぬがれることはできないと書きました。若干、非科学的な表現になってしまいますが、魂とか自我とか呼ばれる領域なのです。生命科学では、魂や精神は大脳皮質に蓄積された情報(記憶)として理解しています。

 

 私たちの考える個人の記憶と細胞に刻み込まれた記憶は、パソコンでたとえるならばハードディスクやメモリに記録されたソフトウェアのようなもので、非常にパーソナルな情報です。そしてその情報は、意図的であれ無意識であれ、部分的な書き換えや削除が可能です。また、学習とは次々に新しい情報を入れていくことです。その過程で自我とか自分らしさとかそういったものが形づくられるのです。

 

 一方、細胞の中に組み込まれた記憶(遺伝情報)はパソコンの本体をつくる設計図のようなもので、その記憶(遺伝情報)は意図的な改変や書き換えは原則できません。太鼓の昔から悠久の年月をかけて、地球上で適正に生き抜くため、しかももっとも効率的に生きてゆくための情報を細胞という箱の中(遺伝子)に蓄積してきました。

 

 みなさんがパソコン本体を購入しても、そこになんのソフトウェアが入っていないのならばたんなるガラクタで、使いものにはなりません。ソフトウェアを購入して自分の使い勝手のいい、文字通りパーソナルなコンピューターとして、日々進化させて使っているはずです。そしてパソコンが故障したときには新しい部品と取り換えてももとの自分自身のパソコンそのものですが、人間の体ではそおゆうことができません。部品を修理して使うことはできましが、いまある部品の交換はできません。人間の体は、1回失われてしまった部品は二度ともとに戻らないのです、しかし私たちは、パソコン本体が故障したら新しい部品を入れ換えることができたらいいとずっと考えてきました。それを可能にしたのが再生医療です。

設計図

 再生医療とは、個人の記憶をそのまま保つため、細胞の記憶を変える、いわばこの神の領域ともいうべき記憶(遺伝情報)の操作をして、自分の希望するパソコン本体をつくりだし修理したりする技術なのです。


細胞を用いる医療とその可能性


 ひと言で老化といってもさまざまな原因が考えられます。そのため老化を抑えるには、これらの原因1つひとつに対処していくしかありません。ここでは、老化はどんな原因で生じるのか、そして老化はどうやって抑えるのかについてお話します。

 

 老化は、遺伝的要因、ホルモン分泌の低下、活性酸素、肥満などが原因となって生じます。遺伝子的要因に関しては、テロメアの短縮により細胞分裂ができなくなることや、モータリン1というタンパク質の存在などが原因と考えられています。

老化の原因

 活性酸素は、放射線、電磁波、紫外線、喫煙、待機・水質汚染、食品添加物、神経的ストレスといったさまざまな要因で発生します。この活性酸素は、細胞膜やミトコンドリア、細胞核に障害を与え、細胞数の減少、組織障害を引き起こします。

 

 肥満は活性酸素を発生させやすいだけでなく、運動量が低下するため、骨量や筋肉量が減り、若い体を維持できなくなります。さらに肥満は、糖尿病、高脂血病、高血圧などの原因となり、動脈硬化を進め、身体の内から老化を加速させます。

Sponcsered Link

 

 また、成長ホルモン、メラトニン、男性ホルモン、女性ホルモンなど若さと健康を保つために必要なホルモン分泌が一定レベルを下回ると、活力や健康、美しさ、たくましさ、機能性などが低下します。

 

 このように老化はさまざまな原因で生じますが、再生医療の技術を用いてどうやってそれを抑えたらよいのでしょうか?  

 

 結論からいうと老化とは、上記のように単一の事象で起こるのではないため、いくら万能細胞を用いた再生医療を駆使しても不老不死はきわめて難しいのではないでしょうか。

 『臓器の作製〜万能細胞による究極の再生医療〜』でもお話しましたが、動物と人間のキメラ(混合生命)である生体臓器工場では、人体のすべての臓器をつくることができます。老化して筋力の衰えた手足や、折れやすくなった骨を付け替えることができるようになrかもしれません。また老化した肌を取り替えて、いつまでも若い容姿を保つことができるようになるかもしれません。実際いアメリカ、ヨーロッパそしてわが国では、再生医療である培養皮膚によって肌を若々しくする医療が始まっています。ただ、この方法を駆使しても人間の脳は死をまぬがれることはできないでしょう。


細胞を用いる医療とその可能性


 『臓器の作製〜万能細胞による究極の再生医療〜』では、もし豚などの動物と人間をかけ合わせた生命体をつくることができれば、臓器の完全なコピーができる道は開かれるともいいました。ですが、臓器の完全コピーは、ヒトと豚を合体するという倫理的にきわめて難しい問題を解決しないと前には進めません。一方、難病の解決手段としての再生医療は、これよりずっとハードルが低いと考えられます。多くの場合、難病とは臓器全体の問題ではなく、その臓器を構成する単一の細胞にすべての原因がある場合が多いからです。

 病気の原因を突きとめることは、その病気の治療方法を見つけ出そうとする医学研究者にとってもっとも基本的な最初のステップです。敵がなにものなのか? 病気の原因がなんなのか? 皆目見当がつかないのでは戦い(治療)ようがないからです。

 

 当然、難病とは治療法がない病気ですが、原因がわかっている難病と、いまだにその原因すらわからないものがあります。たとえばアルツハイマー病という病気があります。脳神経をむしばみ、「痴呆」という人間の尊厳を脅かすこの病気の原因にはいまだ謎が多く、明らかな原因も特定されていませんから、決定的な治療方法は当然見つかっていません。

 

 一方、治療法がないという意味では、脊髄損傷も同じといえるでしょう。脳と手足を動かす筋肉とをつなぐ電線のような役割をするのが神経細胞ですから、事故や病気などによって脊髄神経が完全に断裂してしまった脊髄損傷の患者さんは、自分で立つことも、歩くこともできません。このように明らかな原因がわかっても、治療方法がない、対処のしようがない、あきらめざるをえない病気もあります。

脊髄損傷

 では、再生医学の手法を用いると、どういうことが可能になるのでしょうか? まずアルツハイマー病の患者さんからほんの少しの細胞を抽出し、その細胞を用いて神経細胞を再生し、このつくられた神経細胞で非常に多くの有意義な実験が可能になります。なにしろ、実際の患者さんとまったく同じ神経細胞ですから、ある意味、擬似的な人体実験ともいうべきもので、アルツハイマー病の原因を探る研究が飛躍的に加速することでしょう。

 脊髄損傷の患者さんの場合はもっと簡単です。再生させた脊髄神経の神経細胞は自分自身のものですから、それを断裂した部分に移植すれば、まさに決定的な治療になるのです。


細胞を用いる医療とその可能性


 これまでお話ししてきたように、万能細胞、特にiPS細胞は、再生医療の発展において欠かせないものとなっています。iPS細胞のメリットは、なんといってもどんな細胞・組織・臓器もつくりだせることです。そして世界中の研究者が、iPS細胞による再生医療の現実に向けてしのぎをけずっています。

 

 最後となるこの「臓器の作製〜万能細胞による究極の再生医療〜」では、再生医療とiPS細胞について、現実的な問題ばかりでなく、夢物語とされてしまう部分についてもお話ししていきたいと思います。

 

 まず、これまで他人から臓器提供を受けて実施してきた臓器移植は、ドナー不足や拒絶反応の問題がありました。他人の臓器と一生共存するのは、単純に考えても無理があります。しかしiPS細胞の開発・発見によって、患者自身の細胞から必要な臓器を自由に作製できれば、拒絶反応のまったくないかたちで移植できます(現在の研究現場では、世界中のどこを探しても臓器の完全コピーの検討はほとんど行っていません)。

 

 まず、臓器のコピーをつくるには、臓器とはなにか理解しなくてはなりません。細胞が集まって組織をつくり、細胞が集合して臓器ができ、臓器が集合して体をつくります。たとえば心臓という臓器を考えてみましょう。

 

 心臓には、心筋を統一的に動かす神経経路が必要ですし、単純に神経回路といっても交感神経と副交感神経の2つの経路と、心筋伝導路という心臓特有の神経回路も必要になります。さらに心筋そのものに栄養を送る血管も組み込まなくてはなりません。血管とひと言でいっても、血液を直接接する血管内皮、血管の可塑性や弾力性を維持するコラーゲン繊維や平滑筋、そしてそれらを保護する外膜も必要です。つまり、心筋=心臓ではなく、心筋細胞のコピーに成功しても心臓をつくったことにはなりません。もっというと、心臓という臓器を構成するたった1つの細胞などは存在しないのです。

 すなわち心臓という臓器を完全に試験管の中でつくりだすのは、どんなに科学が発達しても不可能です。臓器工場と呼ばれる別の生体が必要になります。倫理問題はさておき、人間の遺伝子を組み込んだ豚(サル)などのキメラ生命体の作製が、臓器作製では絶対に必要不可欠なのです。

臓器作製


iPS細胞と再生医療の将来


 現在の再生医療は、体性幹細胞を取りだして、体外で増殖・活性化し、ふたたび体内にもどすという方法が中心となっています。しかしES細胞やiPS細胞という万能細胞については世界中で研究されていることから、将来的には拒絶反応のない、あらゆる臓器を必要なときに提供するテーラーメード医療としての再生医療が期待されています。とはいえ、これまで万能細胞から臓器を作製した報告はマウスの実験はあったものの、ヒトでの報告はまだありません。そのため実現にはまだ時間がかかると予想されます。

テーラーメード医療

 そこで別の試みとして、臓器や器官のタネを開発しそれを患部に導入することで、患部で臓器や器官を再生させようという試みがなされているようです。たとえばマウスの胎児から歯のタネを取りだして分離した上皮細胞と間葉細胞を、コラーゲンゲルの中で高細胞密度で区画化して細胞塊をつくると、正常な歯と同じように発生させることができるようです。

 

 また、同様な方法で、人工的な毛包原基(毛のタネ)を作製し、毛の発生も確認できているようです。このように再生医療は、現在の幹細胞を注入する医療から臓器や器官のタネとなる細胞塊を作製して導入する医療へと、将来的に医療の幅が広がっていくのではないかと考えられます。そして、再生医療によるテーラーメード医療が実現し、他人の臓器提供を受けることなく患者のあらゆる要望に応えることのできる医療となる日が近いのではないかと考えています。

 現時点で予想される再生医療の行く末は、もちろんこのように実現していくかどうかわかりません。またこのほかにも主流ではない技術も多く登場しています。たとえばブタのDNAの中に人の肝臓の遺伝子を組み込んだキメラ豚を作製し、豚を人間の臓器工場にしてしますという、多少フィクションじみた報告もあります。人類は夢をもち、その夢を単なる空想に終わらせることなく邁進してきました。これからもそうしていくでしょうし、そうすべきです。倫理的な問題、宗教的な問題。人類にとってのいちばんの問題は、その圧力に屈し立ち止まることではないでしょうか。


細胞を用いる医療とその可能性