iPS細胞についての記事一覧


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 本ページでは万能細胞(胚性幹細胞や人工多能性幹細胞:iPS細胞)を用いた再生医療の具体的方法や創薬、新治療法、今後の見通し、夢などを述べてきました。iPS細胞が登場するまでヒト万能細胞は胚性幹細胞(ES細胞)のことであり、ES細胞は人間のもと(生命の萌芽)の受精卵を破壊して得られますから、ある意味、殺人です。なぜなら受精卵は、そのまま子宮に着床したら人間になるものだからです。そして「ある人を助けるために別の人を殺す」という考えも成り立ちます。この考えは2006年、当時の大統領であるブッシュ氏をして、生命の尊厳の観点からアメリカ連邦政府によるES細胞研究をストップさせる根拠となったのです。

 

 再生医療の倫理的な問題の本質は、「命の芽」を摘み取る殺人の可能性があるという理由ではありません。人工多能性幹細胞(iPS細胞、人工的につくられた万能細胞)は生命の萌芽を破壊する受精卵(胚細胞)の操作を行わないので「命の芽」を摘み取る可能性はまったくないにもかかわらず、医学的研究にも倫理的な問題はつきまとっています。いったいなぜでしょうか?  

 

 再生医療の本質とは、いわば神が決めた領域にわれわれ人類が干渉する行為だからです。男には卵子をつくれない、男だけでは子孫を残せない、あたり前です。切断した腕はもとどおりにならない、当然でした。いままでにも倫理的なクライシスや論争は、再生医療以外でも自然科学の発達の歴史で多く見られました。そのたびに私たちは人間(神)を再定義することで、それらのクライシスを乗りきってきました。古くは「それでも地球は回っている」といったガリレオ。「人間はサルから進化した」と言ったダーウィン。

 有史以来、私たちは、その時代に与えられた人間と神の枠の中で生きてきました。この世に生を受けること。死ぬこと。病気になること。どうしても避けることはできないものもあります。そしてあきらめざるをえなかったものを「神」として、神聖なものとして定義してきました。再生医療はその領域に踏み込む技術なので、倫理的な問題が常につきまとうのです。


細胞を用いる医療とその可能性


 太古の地球に偶然に出現した有機物から拡散へ。こうして生命は始まりました。自己複製を繰り返すだけの原始細菌(単細胞生物:細胞1個だけからなる生命体)には、細胞の特殊化(分化)という概念はほとんどありません。分裂する前の細胞は、分裂することによって違う細胞に変化せず、分裂後の2つの細胞は、親も子もなく完全にもとの細胞のコピーです。

 

 一方、私たち哺乳類はどうでしょうか? 私たちの体は皮膚、胃、肝臓、などさまざまな臓器からできており、機能や形状も異なるようにこれらの臓器は別々の細胞で構成されています。どの細菌も基本的には同じ受精卵を起源とし、同じ遺伝情報をもっているのに別々の細胞になれるのは、使う遺伝子を使わない遺伝子に目印をつけているからなのです。これをエピジェネティクスといいます。皮膚から歯が生えないことに象徴されるように、エピジェネティックな目印の特徴は、いったんつくと容易には外れないということです。

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 受精卵の細胞分裂が進み、やがて胚盤胞と呼ばれるまで分裂を繰り返した時点で、そのすべての細胞(正確には内細胞塊)は、なににでもなることができる性質をもっています。先ほどお話したエピジェネティックな目印が、なに1つ付いていない状態です。したがって胚盤胞の細胞を使って死なない細胞、分化していない万能細胞(胚性幹細胞:ES細胞)をつくりだすことばできます。原始細菌(細胞)にはエピジェネティックな目印がなに1つついていない、とお言い換えられます。

ES細胞,iPS細胞

 プラナリアは三胚葉性動物・脳をもつ動物ですが、エピジェネティックな目印がいったんついた細胞であっても、体を構成する細胞の全てが初期化・リプログラミングされる能力を備えているため、体を半分にしても頭から胴体が生えてきて、胴体からは頭が生えてきます。死なないのではなく、老化して胴体が死ぬ前に分裂し、別の新しい複数の個体になるのです。

 原始細菌から魚類へ、魚類から両生類へ。そして人類へ。高度な進化の歴史とは、エピジェネティックな目印が複雑化する歴史であり、細胞の万能性を放棄するのと引き換えに、非常に特殊な能力を獲得した細胞の集合体へ、より高度な生命体へと進化した歴史なのです。そして私たちは、同じ高度な進化と引き換えに自己複製機能を失いました。


細胞を用いる医療とその可能性


 『万能細胞で治る可能性のある病気』、『万能細胞で夢の新薬は開発されるのか?』でもお話した万能細胞、特にiPS細胞と薬や治療方法の話をいま一度くわしく見直してみましょう。

 

 2008年、米ウィスコンシン大の研究チームが、神経難病である遺伝性の重症型脊髄性筋萎縮症の男児から作成したiPS細胞を運動神経に成長させあと、病気のため神経が死ぬのを試験管内で再現することに成功しました。患者の皮膚由来のiPS細胞から病気のモデルとなる細胞を自由に作成できることが、実際に証明されたのです。このため今後さまざまな病気に対しモデル細胞が作成されるようになってくることが予想されます。

 

 また、2009年に東京医科歯科大学の研究グループが、新薬の候補となる物質の心臓への副作用を、iPS細胞を用いて正確にすばやく検出する方法を開発しました。これによって開発中止の主な原因となる心臓への副作用を調べることができるらしいです。このようにiPS細胞による新薬の開発は、実際のモデル細胞・組織・臓器を作成して新薬を探索したり、副作用の検査などを行うなどをすることで、実際の新薬が誕生するスピードが加速されています。

 

 しかもiPS細胞を用いれば、私たちにとって最大の脅威であるがんに対するまったく新しいアプローチが見つかるかもしれないと考えられています。これまでがん細胞と万能細胞にはいくつかの共通点があることをお話してきました。iPS細胞を作成する技術そのものが、がんに対する治療方法になるかもしれないのです。現時点でのがん治療は、病巣部の除去(手術もしくは放射線による焼灼)と科学治療しかありません。簡単にいうと、できたしまったがんを取り除く(化学療法で殺す)治療です。

 しかし、iPS細胞が発見されるだいぶ前から、がんのできる原因は細胞そのものの異常(遺伝子変異またはエピジェネティクス異常)であることがわかっていました。そして、その異常を修復(初期化リプログラミング)すれば、がん細胞を正常に戻すことができるとも考えられていました。iPS細胞の作成では、4つの遺伝子を細胞へ導入するだけで分化した体細胞を多能性幹細胞へ修復(初期化・リプログラミング)したと考えられていますので、この技術をがん細胞に応用すれば、がんの根本治療になるかもしれません。

新しい治療方法


細胞を用いる医療とその可能性


 みなさんも、もちろん私も、もとをたどせば受精卵というたった1個の細胞です。1個の細胞は妊娠初期(2ヶ月)で完全な人間となり、心臓も脳も肺も手足も完全にできあがってしまいます。もちろん体のサイズは小さいので、妊娠10ヶ月のうち後半の8ヶ月は、ただひたすらサイズを増やすために使われます。

 

 万能細胞であるiPS細胞は、なににでもなれる細胞という意味では、この受精卵ときわめて似た性質をもっています。従ってiPS細胞を用いれば人間をつくることもできますし、人為的につくれない臓器というのは理論的にはありません。しかし10年〜20年という現実的なスパンになると、つくれない臓器がほとんどでしょう。

 

 現時点でつくれる臓器として考えられているのは、皮膚、角膜、血管、骨、軟骨、神経などです。これらの臓器の特徴は、比較的単一の細胞から構成されていることです。細胞医療である再生医療は、臓器といういろいろな細胞の複合体をつくりだす技術というより、細胞そのものをつくりだす技術だからです。実際に皮膚の再生医療である培養皮膚のように、臨床の現場ではすでにスタンダードな治療手段になっているものもあります。

 

 その反面、複数の種類の違う細胞群から構成されている臓器、たとえば心臓、腎臓、肝臓などをつくることはかなり困難で、指や手、足などは複雑さをきわめます。指とは、いちばん小さな小指でも骨や腱、筋肉という運動系、それらを統一的に動かす神経、運動系に栄養を送る血管、そしてそれらをおおう皮膚、爪など、非常に多岐にわたる細胞と組織から繊細・巧妙につくりあげられています。簡単に「指」をつくる、「指」を再生させるといっても、これらのすべてつくることにほかならないのです。耳にしても外耳や鼓膜、耳小骨、内耳、聴神経など同様です。指が再生医療でよみがえったという耳を疑うようなミュース報道がありましたが、現実問題としてそれはネッシーや雪男と同じオカルト以外のなにものでもありません。

再生医療

 しかし、いずれ人間と豚とのキメラ(混合動物)を臓器工場として稼働させれば、複雑さを極める臓器の製造は可能になるときもくるでしょうが、我々の脳に蓄積された喜怒哀楽が織り成す「精神」「魂」「心」の再生は決してできないでしょう。or


細胞を用いる医療とその可能性


 人にかぎらず生物は、いつか死んでしまいます。不老不死という言葉がありますが、みなさんは不老不死が可能だと考えますか?

 

 答えは・・・・あるといえばある、ないといえばない、ということになるでしょう。

 

 『記憶と細胞の関係』でもお話したように、記憶には2つに種類の記憶があります。ただたんに「生命」といった場合、ほとんどの人は自分自身の「命」を考えます。「自分が死んでしまったら無になるだろうし、究極、自分の死は世の中の終わりといっしょだよ」などという悲観的な声も聞こえます。それはそれで誤りではありません。生命科学では、「魂」や「精神」は大脳皮質に蓄積された情報(記憶)としてのみ理解しているからです。

 

 しかし生命科学者は個体としての生命のほかに、「種の連続としての生命」を考えています。というより、生命科学で扱える領域はこの生命しかないともいえます。4つの塩基配列であるDNAが生命の営みそのものであることはよく知られた事実ですが、なんの目的で、いったい誰がこの仕組みをつくったのか誰にもわからないのと同じく、なぜ機械的な神経回路である脳が「魂」や「精神」に関与しているのか、いくら生命科学が発達しても解明されることはないからです。

 

 非常にドラマチックな話になってしまいますが、なんらかの原因でこの地球に生命が誕生し、原始細胞が誕生しました。その細胞が細胞分裂を繰り返すということはその遺伝子が保存されるということで、遺伝子のレベルでは不老不死ともいえましょう。個体のしという概念はありません。

 

 そして現在、私たちが老いて死んでも、生殖というステップを踏んで、私たちの遺伝子は脈々と次の世代に伝わります。本質において原始細胞の遺伝子リレーと同じです。

遺伝子リレー

 再生医療とは、この遺伝子を意図的に操作することでもあります。むしろ細胞という生物学的な生命構築の源である遺伝子を操作する再生医療では、積極的にこの神の領域に関わることの方が多いといえましょう。簡単な例でいうと、人間の指は切断されたら、決してもとどおりに生え換わることはありません。おおげさにいうとこれは、遺伝子というプログラムが定めた宿命なのです。しかし、その宿命に逆らうことができる技術が再生医療なのです。

 これはなにを意味するかというと、有史以来私たちを含め生として生ける「命」が決して関わることのできなかった「種としての生命」までも操作できる技術、ということがいえるのです。


細胞を用いる医療とその可能性