細胞を用いる医療とその可能性の記事一覧


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 科学の発展にともなって私たち人類は多くのものを手に入れてきました。医学の分野では万能細胞(胚性幹細胞:ES細胞、人工多能性幹細胞:iPS細胞)を操り、髪の領域に足を踏み入れることも可能になったといっても過言ではありません。

 

 宇宙旅行、パソコン、携帯音楽プレイヤー・・・・・。貪欲なまでに私たちは不可能も可能にしてきました。その結果、私たちの生活は驚くほど快適に、しかも安全になりました。医学の分野も同じことがいえます。天から与えられた私たちの体を修理して(治して)使う、いわば古典的な医学ではなく、私たちの体そのものをつくってしまうという再生医療。

 

 得るものばかりで失ったのはほとんどなにもない生命科学の発展は、私たちにプラスのことばかりを与え、マイナスの要因などないように考えがちです。確かにその通りで、マイナスのことはあまり考えられないのも事実です。

 

 そのため最後に、私自身を含め、再生医療という新しい技術で私たちが失うものはないかを考えることも、もしかしたら必要かもしれません。


細胞を用いる医療とその可能性


 もともと、雌雄のある生物にとって生殖は、種の永遠性と多様性を確保するためのもの、もっとも有効かつ根源的なシステムです。そのため受精卵が分割して私たちの体になるのとは、まったく別のシステムで生殖細胞は用意されています。受精卵の半分が私たちの体になり、残り半分が原始生殖細胞として私たちの体の中にストックされるというイメージです。

 

 ストックされた原始生殖細胞は、時期がくる(思春期を過ぎるころ)まで冬眠しています。目覚めた原始生殖細胞は、私たちの体を構成する細胞とはまったく違う減数分裂という特徴的な分裂をします。

 

 通常、ヒトの細胞には46個の染色体が入っています。それぞれよく似た染色体同士2個が1対として存在するのです。46÷2=23対の染色体として存在しています(二倍体)。そして2つの生殖細胞が合体して1つの同じ2倍体となるためには、減数分裂をしないといけません。

受精卵,分化

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 細胞の変化(分化)は、常に一方方向にしか進みません。図を見ていただくとわかると思いますが、受精卵だけが次の世代を残す原始生殖細胞に変化(分化)することができます。ただ、変化が少しでも進んんでしまえば、たとえばまだヒトの原型にもなっていない 3胚葉(内胚葉、外胚葉、中胚葉)になってしまえば、二度と生殖細胞に変化することはできません。そういった意味で、万能細胞の必要十分条件は生殖細胞をつくれる能力ということになります。

 

 実際に2011年8月、京都大学がマウスの原始生殖細胞をiPS細胞からつくることに成功し、その原始生殖細胞から精子を作製して体外受精で子孫をつくることに成功しています。生殖細胞がつくれるということは、男性から採取した細胞を起源とするiPS細胞から卵子をつくることができることを意味し、もちろんその逆も可能です。まさしく自然の摂理いん反し、人工的につくったiPSで子孫を残していくことができることを物語っています。

 男性がいなくても子孫が残せること。女性がいなくともキメラ生物の子宮を借りることで子孫を残せることを可能にするのが生殖細胞の創造であり、これがすなわち生命操作の究極といわれるゆえんです。


細胞を用いる医療とその可能性


 がんにおかされた臓器や、古くなった体のパーツは丸ごと取り換えるという非常にドラマチックなことも理論的には可能な再生医療。しかし現実的には、文部科学省が平成21年に策定した「iPS細胞研究ロードマップ」が1つの指標になるのではないでしょうか。そのなかでやはり単一の細胞だけで、ある程度結果がでる(治せる)病気やケガが当面の治療対策になっています。

 

 「iPS細胞研究ロードマップ」では11種類の細胞・組織が研究対象にあげられています。

 ①中枢神経系、特に脊髄損傷などにより半身不随となった患者や、アルツハイマーなどの神経細胞そのものに原因があり、神経細胞そのものを修復すれば病気・事故の治療となる可能性があります。

 ②角膜、③網膜色素上皮細胞、以前は暗膜のような効果だけもつ細胞と考えられていましたが、次の項目の視細胞に栄養を送ったりして縁の下の力もちように支えている細胞です。④視細胞、明るいところで色や形を識別する錐体細胞と暗闇の中で形を認識する桿体細胞の2種類の細胞です。

 ⑤⑥⑦造血幹細胞(血小板、赤血球)、血液の中の血漿以外のすべての個体成分である白血球(好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球、単球、マクロファージ)や赤血球、血小板、肥満細胞、樹状細胞になることのできる細胞です。

 ⑧心筋細胞、⑨骨、軟骨、⑩骨格筋、そして内胚葉系細胞(肝臓細胞、膵ベータ細胞など)、腎臓細胞、特に国民病ともいえる糖尿病は膵ベータ細胞でつくられるインスリン枯渇ですので、膵ベータ細胞を再生させることにより糖尿病の根本治療が可能です。

 

 1〜は、いずれも10年以内の臨床応用が見込める領域(細胞)です。

 今後、iPS細胞に付随した技術は、創薬やがん治療などの分野でますます進化していくでしょう。きっと倫理的な問題も解決され、いつの日か人間とブタのキメラ動物により臓器工場のテーラーメード人工臓器が完成されるようにもなるでしょう。がんなど不治の病も克服される日がくるでしょうし、それを受け入れる社会的土壌も整っているでしょう。しかし、われわれ人類はなにも変わらず、さらに新しい技術革新、新しい夢に向かって日々研究を続けているのではないでしょうか。

 平成21年〜5年後〜10年後
1、中枢神経系基礎研究前臨床研究臨床研究
2、角膜基礎研究前臨床研究臨床研究
3、網膜色素上皮細胞基礎研究・前臨床研究臨床研究
4、視細胞基礎研究・前臨床研究臨床研究
5、血小板基礎研究・前臨床研究臨床研究
6、赤血球基礎研究前臨床研究臨床研究
7、造血幹細胞基礎研究・前臨床研究臨床研究
8、心筋基礎研究・前臨床研究臨床研究
9、骨・軟骨基礎研究前臨床研究臨床研究
10、骨格筋基礎研究前臨床研究臨床研究
11、内胚葉系細胞基礎研究・前臨床研究臨床研究

細胞を用いる医療とその可能性


 「つくれる臓器とつくれない臓器」のページで、複数の細胞群からできている臓器(器官)は再生医療の恩恵にあずかることが難しい、さらに現時点で再生医療の対象になるのは比較的単一の種類から構成される臓器であろう、と書きましたが、その観点からしても毛髪再生は難題です。ただ、指のように数十種類からなる複雑な器官を完全に復元するほど困難ではありません。

 

 毛髪は、毛髪そのものになる毛包幹細胞と、毛髪に色をつける色素幹細胞という2つの細胞を再生させなければなりません。これら2つの細胞は、毛根の中にあるバルジと呼ばれる領域に存在します。そして、この2つの細胞はお互いに協力し合って毛という臓器をつくるのです。広島大学では、毛包幹細胞のみを使ってマウスの背中にヒトの毛を生やすことに成功しましたが、色素細胞は再生させていないので、白髪でうぶ毛のような毛髪しかできていません。一般に髪の再生といった場合に連想する、フサフサで力強い髪の毛とはかなり違うものです。髪の薄い男性の救世主となる代物ではありません。

毛包の構造

 蓬髪と同じように、2つないし3つの細胞が協力し合って初めて臓器として機能するものがあります。皮膚や血管です。皮膚は真皮と表皮からなり、真皮には真皮細胞があり、表皮には表皮細胞があります。真皮細胞は表皮細胞が安定してその部分で働ける環境を整える働きをもち、表皮は外界から真皮細胞を守る役割をします。そのどちらかが欠けても皮膚にはなりません。これらの働きを細胞間相互作用といいます。

 また血管も単純に血液を流すホースではありません。血液は必要な臓器に必要な量流れなければなりません。運動しているときには筋肉に、勉強しているときには脳にというように、ホースを拡張させたり縮小させたりする筋肉が必要不可欠です。すなわち血管自体が臓器として機能するためには、血管というホースをつくる血管内皮細胞と、ホースの内空を調節するための平滑筋細胞という2つの細胞が必要になるのです。この2つの細胞のおかげで血管は統制の取れた動きをして、血圧を調節したり、必要な臓器に優先的に血液を送り届けることができるのです。


細胞を用いる医療とその可能性


 『生命倫理と最新科学生命』では万能細胞(ES細胞やiPS細胞)を用いた再生医療の倫理的側面をお話しましたが、ここでは技術的側面にしぼってお話します。

 

 再生医療の可能性は無限ですが、まだまだ技術的に非常に多くの問題を抱えているのも事実です。その代表的な問題点を、ES細胞とiPS細胞に分けてお話していきましょう。

 

 まず受精卵から取りだした万能細胞であるES細胞のいちばん大きな問題点は、他人の遺伝子をもった細胞からつくられた臓器を患者さんに使うため、拒絶反応を含めた生体反応を考慮した治療にならざるを得ないということです。このため免疫抑制剤などを使用するケースが大多数を占めるでしょう。

 

 現在行われている臓器移植も、同じ問題を抱えています。この他人の臓器(細胞)という問題を解決するために、他人の胚細胞のDNAを取りだして自分のDNAと入れ替えたクローン胚の作製が行われてきました。クローン胚の研究の頂点は、ロスリン研究所で行われたクローン羊のドリーです。しかしその後、ES細胞に宿痾のようにつきまとう倫理的な問題と、iPS細胞の樹立により、クローン胚の研究は下火になっていきました。

 

 自分の皮膚(真皮線維芽細胞)から作製したiPS細胞は自分のDNAをもつ自分自身の万能細胞のため、ES細胞のような非自己に起因する問題はありませんし、倫理問題もありません。しかし、iPS細胞は通常の皮膚細胞を初期化するために。ヤマナカファクター(山中因子)と呼ばれる4つの遺伝子が必要でした。その1つがc-Mycと呼ばれる発がん遺伝子だったのです。実際にiPS細胞を移植したマウス(キメラマウス)で3分の1にがんができたと、iPS細胞の生みの親の山中教授は報告しています。

ヤマナカファクター

 近年、同じく山中教授は発がん遺伝子であるc-Mycを使わないiPS細胞の樹立に成功していますが、そもそも、iPS細胞であろうと、ES細胞であろうと、万能細胞を生体の外部で増殖させ続けると、染色体変異、遺伝子異常が生じ、次第に蓄積していくことが明らかとなっています。

 こうした遺伝子異常の結果、c-Mycを使わないiPS細胞であっても、がん化する可能性が指摘されており、なお慎重な運用が求められています。


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