ゲノム・遺伝子・DNAの記事一覧


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遺伝子の変化を見る直接診断

 

 「遺伝子の傷~突然変異~」で紹介した遺伝子の変化を、「遺伝子やDNAを目で見る」で説明した方法を使ってみれば、遺伝子診断になります。遺伝子の変化の有無を直接に見るので、直接診断です。遺伝子の欠失はもちろん、部分的な欠失でも、ある程度の大きさがあれば、PCRやサザン法で一見してわかります。

 

 たとえば、正常ならある大きさのバンドがあるのに、患者ではかけていたり短くなっていれば、欠失や部分的な欠失が起きたのです。デュシェンヌ型の筋ジストロフィーは欠失が多いことで有名ですが、多数のエキソンを含む巨大なジストロフィン遺伝子を、いくつかの区分に分けてPCRで増幅することで、欠失を診断します。

 

 逆に挿入がある場合にも、同じ方法で診断できます。戸田(現大阪大学教授)がクローン化に成功した、福山型の筋ジストロフィーは、原因遺伝子に3kbのDNA断片が割り込むこと(挿入)で、遺伝子の機能が失われていました。正常に比べて3kbだけ長いDNA断片が検出されます。

 

 もっと小さな構造の変化、たとえば2塩基が欠失していたとか、1塩基の挿入があるなどという場合には、塩基の置換(AがCに変わったなど)の検出と同様に、塩基配列を調べる必要があります。1塩基の置換のために、XYなのに女性になった場合があります。

 

DNA多型による間接診断

 

 間接診断は、遺伝子の変化がわからないとか、そもそも原因遺伝子がクローン化されていない、などという場合に使います。遺伝子の近くまたは内部にあるDNA多型を使い、その多型の伝わり方を見ることで、病気の原因となっている(傷のある)対立遺伝子もいっしょに伝わって(連鎖して)いる前提で、診断するわけです。

 

 たとえば父が患者で、原因遺伝子の近くにある多型がABのヘテロというだけでは、傷のある対立遺伝子の近くにある(連鎖している)多型が、AなのかBなのかわかりません。母がAAのホモで、生まれた子が発病して多型がABなら、傷のある対立遺伝子と連鎖した多型はBで、いっしょに父から伝わったとわかります。その情報があれば次の子が生まれる際に、ABなら患者、AAなら正常と予測できるのです。

 

 間接診断では、原因である傷のある対膣遺伝子と、診断に使うDNA多型との距離が問題となります。距離が離れていると、患者である父が精子をつくる際に、多型と遺伝子の間でキアズマが生じる可能性が出てきます(母が患者でも同じ)。「遺伝地図とはなにか」で説明したように、10cMだけ離れているのなら10%の確率でAとBが入れ替わり、AAなのに子供は患者という誤診が起きるのです。5cMならば5%です。このような誤診を避けるためには、できるだけ遺伝子に近い多型を使うことと、できれば両側から原因遺伝子を挟む位置にある2つの多型を使います。

 

 Aと遺伝子を間でキアズマが生じると、反対側の多型がRからSに変わるので、わかります。誤診が起きるのは、原因遺伝子と両側の多型との間で、それぞれキアズマが生じた場合です。片側が10cM、反対側が1cM離れた多型なら、誤診の確率は10%と1%の積で0.1%になります。出生前診断に間接法を使う場合には、この程度の信頼度はほしいところです。

 

 SNPの探索が進んでいます。ゲノム計画で発見されたものだけでも140万種類です。これが既存のマイクロサテライトなどに加わると、誤診率は10万分の1などというレベルの間接診断が実現するのではないでしょうか(両側それぞれ0.32cMほどの距離に多型があれば可能)。


遺伝子診断


PCRでDNAを見る

 

 DNAを目で見る方法は、もっとも広く使われているのがPCR(polymerase chain reaction:ポリメラーぜ連鎖反応)です。長いDNAのうち一定の区間を(通常は1kbあたりまで)、DNAポリメラーぜ(DNA複製酵素)を使って増やす(複製する)のです。複製する区間の片端には、DNAの二本鎖のうち片方の鎖に相補的な20塩基ほどの一本鎖DNAを準備します。DNA複製の起点になるプライマーです。反対側には他方の鎖に相補的な、同じ長さのプライマーを準備します。

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 まず、患者の血液などからDNAを抽出します。90℃ほどに加熱すると、2本の鎖が互いに離れます(熱変性)。その状態で2種類のプライマーを加え、たとえば60℃弱くらいで付着(二本鎖の形成)させます。

 

 続いて70℃強に温度を上げると、反応液にあらかじめ入れておいたDNAポリメラーぜによって、プライマーの3’端から鎖が伸び、両プライマーに挟まれた区間が二本鎖になります。鎖の材料となるA,G,C,Tの4種類を含む化合物も、あらかじめ反応液に入れておきます。

 

 ここまでの1サイクルが3〜5分です。つまりDNAを数分ごとに2倍に増やせるのです。1時間で12サイクルとすると、2の12乗ですから4096倍です。たいしたことはないように思いますが、20サイクル後には100万倍を超えます。25サイクルで3300万倍です。2〜3時間も反応させて、得られたDNAを電気泳動して蛍光色素で染めれば、増えたDNAが横一線の光の帯(バンド)として、肉眼でも見えるのです。

 

PCRで診断する

 

 遺伝子に欠失があれば、当然ながら患者のDNAでは出るべきバンドが見えなくなります。また、PCRで増幅した区間にSNPがあり、それが制限酵素の認識部位になれば、増幅したDNAを制限酵素で切ることで、多型が検出できます。アイソトープ(放射性同位元素)も使わず、何よりもごく微量のDNAがあれば短時間のうちに増やして解析に使えるので、爆発的に普及しました。発明者のマリス(K.B.Mullis)は、1993年にノーベル賞を受けました。

 

 なお、ごくごき微量のDNAを検出する場合があります。犯罪の捜査とか、考古学で大昔のわずかな試料しか得られないのが例です。その場合には、2段階のPCRを行います。通常のPCRでまずDNAを増やし(たとえば25サイクル)、増えたDNAの内側にプライマーをおいて、さらに同様のPCRを行うのです。デュアルPCRとか、入れ子のように内部にプライマーをはめ込むので、ネステッドPCRと呼びます。着床前診断などで、1つの細胞を使って遺伝子を調べる場合にも、この技術を使います。

 

サザン法でDNAを見る

 

 患者の細胞などから抽出したDNAはゲノムの全てを含むため、制限酵素で切ると、さまざまな長さの何百万、何千万のDNA断片ができます。電気泳動すると、泳動の開始部分から終了部までの全長にわたって、ほとんど均一に分布します。特定の遺伝子やDNAを見分けることは、とてもできません。

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 目的の遺伝子や多型を含むDNAを目で見るためには、サザン法を使います。電気泳動の後で、ゲルに含まれるDNAをニトロセルロースなどの膜(フィルター)に写し取るのです。遺伝子を検出するためにはプローブを使います。これは、目的の遺伝子などのDNAをアイソトープで標識したものです。いいかえれば、遺伝子がクローン化されて手元になければ、この方法は使えません。細かい話は省略しますが、プローブがフィルター上の相補的なDNAに結合し、最終的にはX線フィルム上に、遺伝子やDNA多型を含む部分のDNAが黒いバンドとして見えるのです。

 

 遺伝子なら欠失や挿入の有無で、また、多型なら切れるか切れないかなどによって、バンドの位置が変わります。この方法の欠点は、アイソトープを使うことと、PCRに比べて必要なDNAの量が多いことです。

 

 他方、PCRは塩基配列がきちんと決まっている部分は検出できますが、似ているという状況では使えません。サザン法ですと「機能がわからない遺伝子がヒトで見つかったが、これはマウスやショウジョウバエの、どの遺伝子に対応するのだろう」などと調べることができます。塩基配列が似ていれば(多少は違っていても)検出できるのです。

 

 「これはマウスの同じ遺伝子だ」とわかれば、その遺伝子を壊して影響を見ることができます。さまざまな動物を比較する進化レベルの研究には、欠かせない技術なのです。

 

DNAの塩基配列を見る

 

 遺伝子の全長あるいは一定の範囲の塩基配列を知りたいこともあります。広く使われているのがサンガー法です。ジデオキシ型の塩基を使うので、ジデオキシ法とも呼びます。

 

 「DNAの構造と複製」で説明したように、DNAは5’から3’へと進みます。DNAの両側の支柱にあたる部分は、五炭糖とリン酸が交互につながっていて、糖の3’の位置の水酸基(OH)に、リン酸基を介して次の糖の5’の炭素が結合します。この繰り返しで鎖が伸び(複製が進み)ますが、3’のOHがHに変わると鎖の延長ができず、そこで伸びが止まります。

 

 DNAの糖は2’の位置がもともとHです(RNAではOH)。3’もOHに変わると2ヵ所がHですから、ジデオキシ型(2ヵ所の酸素がない)です。

 

 PCRと同じようなプライマーを使い、少しずつ鎖を伸ばしますが、伸ばす反応を4本の容器に分け、それぞれにA,C,G,Tのジデオキシ型(ジデオキシ型の糖をもつCなど、単にジデオキシCと表記)を1種類ずつ少量混ぜておくのです。プライマーは、アイソトープか、それぞれ異なる色の蛍光色素で標識しておきます。

 

 たとえばC反応の容器では、通常のCに一定の割合でジデオキシCを混ぜてあります。プライマーから複製をはじめ最初のCになると、分子のうち何%かはジデオキシCを取り込むため、鎖の伸長が止まります。その位置で「プライマーから何番目の塩基はCだ」とわかります。次のCでも、その次のCでも同じことが起こります。

 A,G,Tについても同様なので、電気泳動すれば、ここはA、次はT、続いてGとCなどと塩基の配列がわかるのです。最近では、板状のゲルではなく毛細管を使って泳動し、それぞれ異なる蛍光色素で標識した塩基の配列を自動的に検出して波形を描く自動式の装置(オートシンクエンサー)が使われています。


遺伝子診断


遺伝子の欠失、挿入とフレームシフト

 

 まず、対立遺伝子の一つが、全長にわたって抜け落ちた状態があります。当然ながら機能が失われます。遺伝子の一部分が欠けても、同じ結果になります。欠失や部分欠失です。

 

 一見してわかるほどの欠失でなくとも、1塩基だけの欠失とか、逆に1塩基だけ遺伝子の内部に割り込む(挿入)ことがあります。遺伝情報は3塩基ずつのコドンのつながりでできています。それに従って、鎖のようにアミノ酸がつながったポリペプチド(タンパク質)の合成が行われます。1塩基または2塩基の欠失や挿入が起きると、3塩基ずつできているコドンの読み枠がずれてしまい、似ても似つかぬ遺伝子産物ができあがるのです。これをフレームシフトと呼びます。読み枠のずれ、という意味です。

 

 CAG・UGU・CGUと続けば、グルタミン・システイン・アルギニンというアミノ酸配列の情報ですが、たとえば最初のコドンの2文字目のAが抜けると、CGU・GUC・GU*となり、次の*がC,A,G,Uのいずれであっても、アルギニン・バリン・バリンという似ても似つかぬ情報に化けてしまうのです。

 

 しかも、この3つのアミノ酸だけでなく、後に続くすべてのコドンの読み枠が遺伝子の端までずれるので、非常に大きな影響があるのです。

 

 3塩基の欠失または挿入なら、その場所のアミノ酸が1個抜けるか加わるかだけの問題で、他の場所への影響はありません。その遺伝子の産物であるタンパク質のうちで機能的に重要な場所だと、強い影響がでますが、アミノ酸が1個増えても減っても、あまり影響のない場所も多いのです。

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アミノ酸の変化は影響に幅がある

 

 アミノ酸の置換もあります。DNAレベルで塩基が入れ替わって、コドンが変わったものです。たとえば、上の図で例に挙げたCAG・UGU・CGUのうち、最初のコドンの3文字目のGがCに変わると、対応するアミノ酸がグルタミンからヒスチジンに変わります。変わるのはそのアミノ酸だけで、2番目以下はまったく変化しません。これも前記の3塩基の挿入や欠失と同様に、フレームシフトに比べて影響が小さいのです。変化するアミノ酸の位置によって、影響が大きいことがあるのは、前記と同様です。

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 どのようなアミノ酸が変化すると影響が大きいのでしょうか。たとえばヘモグロビンなら、酸素分子の運搬に必要なヘム分子と、グロビン部分が結合する位置のアミノ酸は、変わると大きな影響があります。また、親水性のアミノ酸が疎水性にものと入れ替わると(逆も同じ)、しばしば機能に影響がでます。

 

 タンパク質が立体構造をつくっているとき、曲がり目にある小さなアミノ酸が大きなアミノ酸に変わると、曲がらなくなって機能が失われます。さまざまなメカニズムで影響がでますが、まったく影響が出ない場合も意外にあるのです。また、コドンの特に3文字目は、1文字目と2文字目が同じならなんでもよいことが多いのです。ただし次項のように、停止コドンに変わることで大きな影響がでることもあります。

 

塩基置換によるスプライシング異常、翻訳停止

 

 アミノ酸と関係のない塩基の置換であっても、エキソンとイントロンの境を指示している塩基が変化すると、スプライシングができずにエキソンがmRNAから消えるなど、大きな影響があります。

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 1塩基の変化によって、コドンが停止の信号にかわることもあります。UGGならトリプルファンなのに、1文字変わってUGAになると、翻訳停止の合図(停止コドン)になるのが例です。mRNAからアミノ酸への翻訳がそこで止まりますので、タンパク質しては尻切れトンボになります。翻訳がはじまってすぐのあたりですと、大きな欠失が起きたのと同じになります。

 

トリプレットリピート病とは?

 

 遺伝子の内部にある3塩基の反復配列の延長によって発生する病気もあります。いわゆるトリプレットリピート病です。たとえば、グルタミンを指示するCAGという3塩基(トリプレット)の繰り返し(リピート)回数が、正常ならたとえば30回ほどなのに、40回、50回などと延長しているのです。

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 ハンチントン病が例です。原因となる遺伝子の内部にあるCAG反復配列の延長によって、遺伝子産物であるハンチントンというタンパク質が大きく延長し、結果的に神経細胞の自殺が誘導されるのです。

 

 延長の程度によって、少なければ発病の年齢が遅く、大きいと早く発病することもわかっています。ほかにも筋緊張性ジストロフィーなど、さまざまな病気で同様な変化が見つかっています。

 

遺伝子の調節部分の変化

 

 ここまでは遺伝子のうち、いわば本体の問題ですが、遺伝子の調節にかかわるプロモーター部分の変化によっても、影響がでます。

 

 mRNAへの転写がはじまるためには、転写因子やRNAポリメラーゼ(RNA転写酵素)が、プロモーター部に結合して転写コンプレックス(転写複合体)をつくる必要があります。塩基配列の変化によっては結合が妨げられ、転写の効率が大きく下がるのが例です。

 

 なお、プロモーター部に、メチル化が起きると、遺伝子は休止しますが、メチル化の異常による病気も、実際に見つかっています。

 

大きな遺伝子、小さな遺伝子

 

 一般に、遺伝子の全長が大きいと、欠失の起きる確率が高くなるようです。これは直感的にも理解しやすいでしょう。アミノ酸の置換などは、その遺伝子のうちアミノ酸を指定している、エキソンの長さの合計に比例するのでしょう。巨大な遺伝子はイントロンの占める割合が大きく、エキソンの長さの合計は遺伝子の全長には比例しないのです。

 

 たとえばヒトの遺伝子のうちで最大の、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの原因となるジストロフィン遺伝子は、全長が250万塩基対ほどありますが、エキソンは全体の0.6%を占めているだけです。他方、全長が20万塩基対の血友病Aの原因遺伝子では3%ほどで、4万塩基対強のLDL受容体の遺伝子では11%です。もっとも小さい遺伝子のうちには、エキソン1個だけでイントロンのないものもあります。全長の100%がエキソンです。

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 前記の3種類の遺伝子を見ると、4万塩基対のLDL受容体遺伝子のエキソンは4400塩基対ほどなのに、その5倍の長さのある血友病Aの原因遺伝子のエキソンの合計は6000塩基対ほどですから、1,4倍です。ジストロフィン遺伝子の全長はLDL受容体遺伝子に比べて62倍もありますが、エキソンの長さの合計は3.7倍です。遺伝子の全長に差があるほどには、エキソン部分の差はないのです。


遺伝子診断


実現した個人のゲノム解析

 

これまでにご紹介したゲノム解析は、ヒトとして共通のゲノムの構造や特徴を明らかにするのが目的でした。ゲノムにはさまざまなDNA多型が含まれますが、これらは個人差でヒトとしての特徴ではないというイメージです。最近になって、ゲノム解析技術の進歩により、特定の個人についてゲノム全体の解析が可能になりました。もちろん、簡単な臨床検査のレベルではなく、大きな労力やコストがかかりますが、高名な学者や芸術家、政治家などのゲノムの特徴を調べることが可能になったのです。たとえば米国のスタンフォード大学では、5万ドルで個人のゲノム解析を引き受けているというのです。生存中の個人なら解析は可能ですが、すでに亡くなっている人については、凍結された状態で遺体の一部が残っていないと不可能です。いずれにせよ、ノーベル賞受賞者のゲノムの特徴などは、知りたいですね。一般の人々についても、心臓発作、さまざまな種類の“がん”、脳出血などのリスクがわかれば、予防につながる情報になりますが、かなり安くならないと普及は難しいです。


ヒトゲノム計画


1つの遺伝子を使い回す

 

 ヒトゲノムの概要版では、ヒトは3万~4万個の遺伝子をもつ、という推定になりました。全長が1mm足らずのセンチュウや、虫眼鏡がないと脚の数もわからないようなショウジョウバエ(以下ハエ)に比べても、2倍ほどの数字です。

 

 センチュウの体は、わずか1000個足らずの細胞でできています。細胞数が60兆個とされるヒトの体は、複雑さにおいてはけた違いで、機能まで考えたら遺伝子数に100倍の差があっても不思議ではないでしょう。一つの解釈は、ヒトでは1つの遺伝子を複数の目的に使っているというものです。

 

 たとえば、ハエでは雄になるか雌になるかは、同じ遺伝子のスプライシングの違いで決まります。上段のSxl遺伝子の3番目のエキソンには停止コドンがあるので、雌ではそれを外して1,2,4・・・8とスプライシングが進みます。雄ではそのまま1,2,3,4・・・8と進みます。雄の遺伝子産物は停止コドンのために機能を失いますが、雌の産物は次のtra遺伝子のスプライシングを雌型に変えます。それによってtra遺伝子の、停止コドンを含む第4エキソンを除去し、機能をもつ産物ができるのです。

 

 他方、雄ではそのまま1,2,3,4・・・と進むので、機能のある産物はできません。次の段階のdsx遺伝子でも雌と雄のスプライシングの違いが起き、最終的に雌と雄の性腺の分化が誘導されます。1つの遺伝子を使い回して複数の産物をつくるのは、十分にありうる話なのです。

 

 ハエなどに比べると、ヒトではずっと多くの遺伝子で、このようなメカニズムが使われているということです。このあたりはゲノムの塩基配列が最終的に高い精度で決まり、遺伝子がすべて明らかにされ、遺伝子産物の識別が進んで遺伝子との対応関係が明らかになるまで、結論をまたなければならないでしょう。

 

ヒトのゲノム、ハエのゲノム

 

 ヒトとセンチュウやハエとの比較では、発生の制御にかかわる線維芽細胞増殖因子が、ヒトでは30種類であるのに、ハエとセンチュウではそれぞれ2種類であったということです。細胞骨格にかかわるタンパク質も、ヒトではずいぶん複雑になっています。

ショウジョウバエ,スプライシング

 ヒトなど複雑な体制をもつ生き物では、たとえば上皮細胞も1種類ではなく、皮膚もあれば、口腔、食道や腸管、期間や肺、胆嚢や胆管、尿管や膀胱、尿道、血管の内腔など、きわめて多彩です。それらの構造をささえる仕掛けも、当然ながら複雑です。細胞間の情報伝達にかかわる遺伝子のグループも、ヒトで発達が目立つものの一つです。他方、細胞内の情報伝達にかかわる遺伝子については、ヒトとハエやセンチュウとの間に、ほとんど差がなかったということです。ヒトでは免疫など生体防御にかかわる遺伝子群の発達も目立ちました。

 

 ヒトで見つかった1262グループのタンパク質のうち、94種類だけが脊椎動物に特徴的なものだったのです。また、複雑な構造をもつヒトのタンパク質も、タンパク質の構造の基本単位であるドメインの種類は、ハエとセンチュウとほとんど差がなく、ヒトではより多くのドメインをさまざまに組み合わせることで、複雑なタンパク質をつくっていることがわかりました。

 

 進化の過程で、まったく新しい遺伝子をつくり育てるのは、何億年もかかり成功率を低いでしょう。既存の遺伝子やその一部を組み合わせて、新しい機能をもつ遺伝子をつくるのは合理的です。

 

ヒトのゲノム、類人猿のゲノム

 

 脊椎動物ではマウスやチンパンジーなどでゲノムの概要がわかりました。

 

 そのうちで特に興味深いのは、脊椎動物の嗅覚にかかわる900ほどの遺伝子のうち、ヒトでは60%が壊れていた事実です。

 

 多くの動物にとって嗅覚は生きていくのに欠かせない機能ですが、猿人の時代から数百万年の進化の中で、ヒトは嗅覚を捨て、視覚や頭を使うことで生き延びてきたのでしょう。それをもつことが生存に有利でなければ、遺伝子は自然に壊れていくのです。

 

 類人猿やその他のサルに比べても、ヒトが高度な精神活動を行っていることは明らかです。他方、これまでにいくつかの遺伝子を調べたかぎりでは、ヒトとチンパンジーなどの類人猿の間では遺伝子の塩基配列の差が少なく、1~2%ほどでした。

 

 ただし、これまでの研究は、タンパク質を純粋な形で大量に集めやすいヘモグロビンとか、遺伝子が変化すると重い遺伝病になるような遺伝子でした。このような遺伝子が変化(突然変異)すると、その個体は重大な不利益を受けますので、突然変異が集団の中に定着するチャンスが低いのです。多くの種類の動物の間で、あまり差がないのは当然なのです。

 

 ゲノム計画が進んで、精神活動にかかわる遺伝子まで明らかになれば、差が見つかることが十分に考えられるのではないでしょうか。ヒトにもっとも近いチンパンジーのゲノム解析の結果も参考になります。

 

これから見つかる遺伝子

 

 ヒトの遺伝子の総数を3万と仮定すると、かなりの部分は機能がわかっていません。遺伝子カタログにでているのは2万ほどです。残りの遺伝子の中には、受精後の早い時期に働く遺伝子や、精神活動などにかかわる遺伝子がたくさんあると予想されます。

 

 前者のグループの遺伝子は、異常が起きると胎児(胎芽)が死滅して流産するため、これまで遺伝子の変化を調べる機会がなかったのです。後者のグループはこれまで、もっとも研究が遅れていた分野です。

 

 心の問題については「心と遺伝子」でもふれましたが、ゲノムの全体像が明らかになれば、研究が大きく進むでしょう。好奇心にかかわる遺伝子など、心の問題についての研究も動き始めています。

 

ハップマップ計画

 

 ヒトのゲノムにはさまざまな多型が含まれますが、SNPやマイクロサテライトなど多型のDNA、さらには染色体上のDNA多型の分布を明らかにすることが目的の「ハップマップ計画」が進められています。付近にある多数の遺伝子との位置関係にかかわる情報も得られるので、その領域にある遺伝子の伝わり方など、診断にかかわる重要な情報につながる可能性が大きいのです。DNA多型を使って、多くの病気の出生前診断などが実現するのではないでしょうか。


ヒトゲノム計画