2015年10月の記事一覧


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ヒトゲノム計画の発足

 

 ヒトゲノム計画は米国では1990年の10月、わが国では1991年の4月に発足しました。いずれも1991年度ですが、米国の会計年度は前年の10月に始まるのです。

 

ただしそれより前に、ヒトゲノム計画の実施が技術的に可能かどうかについて、予備的な検討が行われました。1990年の4月には、1991年度から1995年度までの第1期の5年間に何をすべきかをまとめた計画書が発表されました。

 

 第1期の目標がは、①平均2~5cM間隔のSTS(sequence tagged site:塩基配列のわかった場所)により構成した遺伝地図の作成。②STSをほぼ10万塩基対ごとに配置した物理地図をつくる。③1塩基あたり50セントいないのコストで大規模な塩基配列の決定ができるよう、技術開発や改良を行う。④連続した10万塩基対の長さのDNAにつき、塩基配列の決定を行う。⑤実験動物としてはマウスについて遺伝地図をつくり、1~2本の染色体について物理地図の作成を始める。⑥計画により発生する大量のデータを処理するために、データベースの設計やソフトの開発を行う。⑦倫理面に対応するため、問題点の洗い出しや対応の方針を決める。⑧人材育成のために、年間600名程度に対し教育・訓練を行う、などとなっています。また、年間2億ドル程度の予算が必要とされました。

 

わが国のゲノム計画

 

 わが国においても、1989年~90年にかけて文部科学省科学研究費による「我国におけるヒトゲノム解析の推進に関する研究」(班長:松原健一、当時大阪大学教授)が行われました。ゲノム解析の推進にあたって、わが国における関連分野の現状の調査、必要なインフラストラクチャーの整備を行い、研究グループの育成、グループ間の連携の推進などの提言と、関連する事項を、1990年10月と1991年3月の2回にわけて報告しています。

 

 1991年度からは松原班長のもとに「ヒトゲノム解析研究」が発足しました。1996年度からは榊佳之(当時東京大学医科学研究所教授)を班長とする「ゲノムサイエンス:ヒトゲノム解析に基づくバイオサイエンスの新展開」班引き継がれました。ヒトゲノムの構造解析、ゲノム機能解析、ゲノムの生物知識情報などの班に分かれて、全国の70を超える施設が協力する態勢とましました。

 

 注目したいのは、ヒト以外の生物のゲノム解析に、かなりの重点を置いたことです。大腸菌、枯草菌、出芽酵母、センチュウ、ショウジョウバエ、マウスなどです。ヒトゲノム解析で機能のわからない遺伝子が見つかったとき、他の生物で同じような構造の遺伝子を選らんで、それを壊して影響をみることができます(ノックアウトマウスなど)。遺伝子らしい構造があるが機能がわからない状況では、このようなアプローチが欠かせません。ヒトの遺伝子を壊して個人への影響をみることはできませんので。

 

 班研究終了後には、各研究室や研究者がそれぞれ、特定の遺伝子の機能や構造、染色体上の特定の部分の遺伝子や多型の分布など、ゲノムにかかわるさまざまな研究を行っています。また、ゲノムに興味をもつ研究者が大幅に増えたことで、研究が大きく進みました。

 

ゲノムを解析する

 

 ゲノム解析の進め方を見ていきましょう。まず、どの染色体のどの部分を調べるのかを決め、付近の遺伝地図をつくります。続いて付近の構造を再現するように、YACやBACなどの大きなクローンを使って、コンティグをつくります。物理地図です。それができたら、それぞれのクローンの全長に対応する小さなクローンのコンティグをつくり、最終的には塩基配列まで明らかにします。

 

 ただし、必要に応じてクローンの染色体上の位置がわからないと、全体が見えません。そこで染色体レベルの情報や解析技術も、おおいに使われました。染色体に濃淡のバンドを染め出す分染法、特に精度を高めた高精度分染法、特定のヒト染色体を1本だけ含むマウスやハムスターの雑種細胞や、放射線のて照射によってヒトの特定の染色体の一部分だけを含む雑種細胞をつくる(放射線雑種細胞)技術などが例です。遺伝子や、その他のDNA断片の染色体上の位置を確認するための、FISH法も使われました。蛍光標識した遺伝子などが、染色体のどの部分に付着するかをみる方法です。

 

 先天異常の患者にまれに見つかる染色体の相互転座も役に立ちました。相互転座は、染色体の腕が互いに入れ替わっただけですから、染色体には実質的な増減はできていません。したがって、症状がないことが多いのです。ただし、まれには異常を生じることがあります。相互転座にあたっての2カ所の切断点のいずれかに、たまたま原因遺伝子があったのです。そこで原因となる遺伝子が2つの切断点のどちらかにある、とわかります。

 

 遺伝地図をつくるためには多数のDNA多型が必要です数十塩基が反復したミニサテライトに続いて、CAの2塩基が反復した(CA)nなど(CAがn回反復)、マイクロサテライト多型(2塩基から数塩基ほどを反復単位とする反復配列)がたくさん見つかりました。

断層的ショットガン法

 また、米国ユタ州のモルモン教徒は、家系を非常に大事にして記録を残しているため、彼らの協力で大きな家系のDNAを集めることができました。それらを含めて多数の家系のDNAを集めたフランスの機関が、結果を同機関に知らせるという条件で、家系のDNAの提供をはじめました。

 

 その結果、多数のDNA多型が遺伝地図上にマッピングされました。1987年までに位置がわかった多型は400ほどでしたが、1994年にはすでに5800ほどのマイクロサテライト多型が、染色体上にマッピングされたのです。

 

 特にフランスのCEPH(ヒト多型解析センター)とジェネソン(フランス筋ジストロフィー協会などが設立した組織)のグループは(CA)n多型に絞って遺伝地図づくりを進め、この時期までに3000ほどの(CA)n多型の位置を決めました。さらに1996年までには5264の位置を決めたのです。

 

 ゲノムの全長は30億塩基対ですから、平均すると60万塩基対ごとに、多型の位置が決まったことになります。遺伝地図上の距離でいえば0.6cMですから、ずいぶん高い精度の遺伝地図ができたことになります。まさに遺伝地図づくりの主役です。

 

物理地図の完成

 

 YACクローンが連続したコンティグをつくり、ゲノムをカバーする物理地図をめざしての研究でも、フランスは大きな役割を果たしました。YACクローンは100万塩基対までの長さがありますから、0.5~1.0cMほどの間隔の遺伝地図があれば、コンティグをつくれるのです。完成によって世界の研究者たちは、調べたいと思う病気の遺伝子がどの染色体のどの位置にあるのか、遺伝地図上の場所さえわかれば、その場所のYACを手に入れて、原因遺伝子に迫ることができるようになりました。もちろん、ゲノムの解析にとっても、YACコンティグは欠かせません。

 

ゲノム解析をスピードアップした技術ゲノム研究に取り組んだ米、英、日、仏の(あとから独と中も加わった)合わせて20の研究グループは、全体の遺伝地図からYAC(その後、より安定なBACの使用が増えた)クローンによるおおまかな物理地図、さらに細かい物理地図と段階を追って、解析を進めました。「断層的ショットガン法」です。

 

 1999年3月には、塩基配列はゲノム全体の15%ほどしかわかっていませんでした。しかし、その後の15か月ほどの間に、90%まで解析が進んだのです。高速で塩基配列の解読ができるキャピラリー(毛細管)方式の登場で、解析のスピードが大きく上がったことがこの結果につながりました。従来の板状のガラスに挟んだゲルを使う電気泳動では、高い電圧をかけると発熱によりガラスが割れるなどの事故が起きるため、低い電圧でゆっくり泳動するほかなかったのです。ガラスの毛細管はごく細いために相対的に放熱が大きくなり、高電圧が使えるので大幅なスピードアップが実現しました。開発したのは、日本の企業です。

 

 なお。ベンター(C.Venter)に率いられた米国のセレーラ・ジェノミクス社は、ゲノム全体のDNAをまとめて短く切り、その断片の塩基配列を片っ端から調べてコンピューター上で連結する「ホールゲノムショットガン法」を選びました。

ゲノム解析のアプローチ


ヒトゲノム計画


DNAの長さに基づく地図

 

 物理地図は、物として実体のあるDNAをベースにつくる地図です。長さの単位は、何千塩基対(以下、1000塩基対を1kbと表示、キロベース)とか、何百万塩基対(100万塩基対を1Mbと表示、メガベース)です。

 

 染色体レベルの解析で、遺伝子やDNA多型の位置を決めるのも、一種の物理地図ですが、通常はクローン化したDNAを集めて染色体上の配列を再現するように並べた、コンティグを意味しています。

 

物理地図をつくる

 

 たとえば1番染色体の全長にわたる物理地図をつくるとしましょう。まず、ヒトの1番染色体を含むマウスなどの細胞(雑種細胞)をつくります。ヒトとマウスの細胞を融合した雑種細胞では、ヒトの染色体が徐々に失われ、時には1本だけが残るので、そのような細胞ができるのです。そのDNAを抽出して、YACなどに挟み込んだライブラリーをつくります。ヒトのDNAは他の動物と簡単に識別できますので(含まれる反復配列が違う)、ヒトの1番染色体に由来するYACクローンを拾い出すのは簡単です。薬品処理によってヒトの細胞核をバラバラにし、染色体1本だけを含む微小核を得て、雑種細胞をつくる方法もあります。

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 ヒトのクローンそれぞれについて、制限酵素による切断店の分布、あるいは特定の塩基配列の有無などを調べ、部分的に重複している複数のクローンがあれば、互いに連結したものとみなします。そのような操作を繰り返すことで、次々にクローンをつなげ(コンティグをつくり)、染色体の全長をカバーすまで延長していくのです。

 

 2つのクローンの間に重複している場所がないと、相互の位置関係はわかりません。重複している場所さえあれば、互いの位置関係がわかります。YACなど長いDNAのクローンほど、地図づくりに有利なのです。

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 1992年ごろから、最近人工染色体(BAC)も使われるようになりました。クローン化できるDNAの長さはYACより短いのですが、挟み込んだクローンが安定であるなどのメリットがあり、最近はこちらが主力です。

 

 短い区間を詳しく調べるためには、YACやBACのクローンをさらに小さいコスミドなどのベクターにクローン化し、塩基配列の解析に進むこともできますし、BACクローンなら、そのままショットガン法で塩基配列を決めることもできます。


ヒトゲノム計画


染色体上の遺伝子の位置関係を示す地図

 

 ヒトゲノム計画の理解には、遺伝地図と物理地図についておおまかな知識が欠かせません。まず遺伝地図について、簡単に解説しておきましょう。

 

 減数分裂でキアズマが生じることは『遺伝とはなにか』で説明しました。染色体は、いわば切り貼りされた状態で次の世代に伝わります。この切り貼りが、キアズマです。

 

 2種の遺伝子について、それぞれの対立遺伝子(A,aおよびB,b)に注目して、親から子への伝わり方を考えてみましょう。DNA多型でも同じことです。まず、2種の遺伝子(DNA多型)が別々の染色体に乗っている、としましょう。別々の染色体に乗っているので、Aを受けとった子がBを受け取るのかbを受けるかは、半々のチャンスです。aの子についても同じです。

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 AとBが同じ染色体上に乗っていれば、AとBが一緒に伝わることが期待されます。AとBは「連鎖」しているのです。ところが、同じ染色体にAとBが乗っているのに、Aとb(またはaとB)の組み合わせが子に伝わることがあるのです。AとBの間でキアズマが生じ、染色体の一部が入れ替わってしまったのです。

 

 キアズマができる確率は、AとBの遺伝的な距離に比例します。遺伝的な距離はセンチモルガン(cM)という単位で表し、10cMはキアズマの発生率は10%、20cMは20%という単純な関係です。距離が長くなると間のキアズマが増え、間にキアズマが2つできると、両方の関係がもとのままなのか、キアズマが2つできたのか区別できなくなります。

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 というわけで、長い距離をカバーする地図をつくるためには、20cM、20cMなど短い距離を積み上げるのです。このようにcMを単位として、染色体やその一部の区間の遺伝子やDNA多型の位置関係を表したものが「遺伝地図」です。

 

DNAの長さと遺伝地図の距離

 

 DNAの長さと遺伝地図の距離の長さの関係はどうでしょう。おおまかにいえば、1cMはDNAの100万塩基対に相当しますが、正確に対応しているわけではありません。たとえば遺伝地図の距離は、女性が男性よりも長いのです(常染色体について)。卵子をつくる減数分裂では、キアズマが精子より多いのでしょう。

 

 また、染色体のうち動原体の近くは、同じDNAの長さに対して遺伝地図の距離が短く(キアズマができにくく)、それぞれの腕の末端あたりは遺伝地図の距離が長い(キアズマができやすい)のです。キアズマは、対の相手の染色分体と密着して互いに切断と融合が起きることで、腕の一部分を交換します。動原体の近く(各腕の根元)は動きが制限され、逆に腕の末端あたりは運動の自由度が大きいのでキアズマができやすいということで、直感的にも納得できるのではないでしょうか。

 

遺伝地図の距離は男女で違う

 

 『遺伝とはなにか』で紹介したように、1番から22番まdねお常染色体の全長に対して、50強のキアズマができます。キアズマ1つは50cM(減数分裂の際、4本の染色分体のうち2本(50%)の間で交換が生じる)ですから、2500cMになりそうですが、短い距離を積み上げて全長を計算すると、男性では1割ほどこれより長く、女性では3000cMを超えます。

 

 キアズマの観察には、新鮮な睾丸や卵巣が必要です。健康な若い男女から睾丸や卵巣を提供してもらうチャンスは、めったにありません。

 

 他方、前立腺癌の患者では男性ホルモンがガンの進行を促すので、睾丸の除去が行われました。上記の50強というデータは、それを使ってキアズマの観察を行った結果です。がんの好発年齢ですから、60歳とか70歳の人でしょう。キアズマは年齢とともに減るので、子をつくる年代の男性の睾丸を調べれば、キアズマは50よりも多いでしょう。女性ではキアズマがさらに多いと想像されます。

 性によってはキアズマの頻度に差があるのは、珍しいことではありません。ショウジョウバエでは、キアズマができるのは雌だけで、雄の減数分裂ではできないということです。


ヒトゲノム計画


メンデルの法則からDNAまで

 

 遺伝子研究の歴史をさかのぼれば、1865年のエンドウを使ったメンデルの法則の発見にたどりつきます。もっとも、メンデル(G.J.Mendel)の論文はまったく注目されず、1900年になって3人の研究者による“再発見”によって、ようやく日の目を見ましたが、まもなくギャロット(A.E.Garrod)により、ヒトのアルカプトン尿症が、メンデルの劣性遺伝の法則に従うことが明らかにされました。1920年代にはモルガン(T.H.Morgan)により、シュウジョウバエを使った遺伝子地図の作成も行われました。1930年代には、生化学レベルで爆発的な研究の発展がありました。1945年には、アカパンカビの研究から、ビードル(G.W.Beadle)により遺伝子一酵素説が提唱されています。

 

 1953年にはワトソン(D.J.Watson)とクリック(F.Crick)によるDNAの構造モデルの提案があり、遺伝子研究にとっての一大転機が訪れました。1965年には遺伝子暗号(コドン)が解明され、1972〜73年の組換えDNA技術の確立などにより、分子生物学の爆発的とも言える発展が起きました。ヘモグロビンなどタンパク質レベルの研究も進み、遺伝子の変化と病気の関係が明らかになりました。1985年には簡単に遺伝子を目で見ることができるPCRの技術も登場しました。この間に、大勢のノーベル賞の受賞者がでています。

 

DNAのコンティグとは?

 

 1980年代の前半には、電気泳動の技術でDNAの長さを測ることができるのは、2万塩基対(20kb)が限度でした。クローン化して増やせるDNAの長さも似たようなレベルでした。ウイルスや細菌のゲノムを扱うには十分ですが、30億塩基対に及ぶヒトゲノムを分析するのには不十分です。

 

 ゲノムの解明にあたっては、それぞれの染色体の全長をカバーするために、少しずつオーバーラップするように配列したDNAノクローンが必要です。形のうえで連続したDNAクローンの集合体を、コンティグと呼びます。

 

 しかし、最も短い21番や22番の染色体でも、全長は3500万塩基対ほどあります。5000や10000塩基対のクローンを並べて全長をカバーするひとつながりのコンティグをつくるのは、現実にはほとんど不可能です。

 

巨大なDNAの断片の扱い

 

 その後、100万塩基対レベルの長さのDNA断片を泳動できるパルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)の技術ができ、また同レベルの大きさのDNAをクローン化できるベクターとして、酵母人工染色体(YAC)も開発されました。これなら単純にクローンの長さを計算すれば、35個で21番染色体の全長をカバーできるわけです。切れ目のないコンティグをつくるためには、全長の何倍かのDNAクローンを集める必要がありますが、10倍でも350個ですから、現実に可能なレベルです。

 

 ちなみにPFGEは、通常の電気泳動では1方向に電圧をかけて泳動するのに対し、たとえば斜め右前方へ数分間、続いて左前方へ同じ時間、再び右前方へと、方向を切り替えながら長時間の泳動をすることで、巨大なDNAの長さの違いを検出する技術です。電圧をかける時間と方向は、コンピューターで制御します。

 

連鎖解析で病気の原因遺伝子を殺す

 

 また、多彩なDNA多型も見つかり、それを使って、病気の原因となっている遺伝子の場所を決める(マッピング)技術も開発されました。家系内を病気と同じ伝わり方をしているDNA多型がないか、片っ端から調べる“連鎖解析”です。病気と同じように伝わるということは、そのDNA多型と病気の原因遺伝子が同じ染色体に乗っているということです。このような関係を連鎖といいます。

 

 実際に、ベネズエラのハンチントン病の家系で、病気と同じ伝わり方をするDNA多型が見つかったのです。その結果、原因遺伝子が4番染色体の短腕にあることがわかりました。1983年のことです。これをきっかけに連鎖解析が盛んに行われ、ゲノム解析の有力な武器になりました。連鎖解析などによって、ある遺伝子の染色体上の位置を推定し、それを手掛かりとして遺伝子を探してクローン化する方法を、ポジショナルクローニングといいます。

 

なぜポジショナルクローニングか?

 

 従来、病気の原因遺伝子を解明するには、タンパク質の異常を見つけ、その情報に基づいて遺伝子をクローン化する方法が行われていました。

 

 ある程度の量の異常なタンパク質が得られる遺伝病については、原因遺伝子のクローン化がどんどん進みました。残ったのはタンパク質の量がきわめて少ないとか、不安定で壊れやすいもの、あるいはタンパク質の異常がわからないなどで、このアプローチが使えないものばかりです。

 

 そこで登場したのがポジショナルクローニングです。まず、連鎖解析などで病気の原因となる遺伝子の位置を推定し、その付近から遺伝子らしい構造を洗い出し、患者で異常が起きているのか否かを調べ、異常があれば原因遺伝子と推定するのです。遺伝子の位置の情報を手掛かりに、最後にタンパク質レベルの解析に進むので、従来の方法とは逆です。

 これらの情報によってヒトの遺伝子についての解析が大きく進みましたが、遺伝子の存在が確認または推定できたものは、1980年代には約3000種類、1985年に4000ほどでした。年に200ほどの遺伝子発見のペースですから、当時5万〜10万とされていたヒト遺伝子の全体像が明らかになるまでには、200年〜300年かかってしまします。ここれ一気にゲノム全体像を明らかにしよう、という運気が盛り上がったのです。


ヒトゲノム計画


DNA、ヌクレオソーム、染色体

 

 ヒトのDNAはゲノムあたりでほぼ1mの長さになりますが、1つの細胞の核には父からと母からのゲノムが対になっていますので、各細胞のDNAはこの倍です。これがヌクレオソームなど何段階かの構造を経て、クロマチンになり、核の中に詰まっています。分裂期にはさらに圧縮されて、染色体が姿を現します。この状態では、もとのDNAと比べて1万倍ほどに圧縮されているのです。

 

 まずヌクレオソームですが、ヒストンが8分子(H2A,H2B,H3,H4という4種のヒストン各2分子)が集まった球状の構造(ニュー小体)に、DNAが2回ほど巻きついて、少し離れた次に球に移るというパターンです。いわゆる真珠の首飾り構造ですが、本物のネックレスに比べると真珠の間がかなり離れています。

DNA

 次の段階がソレノイドで、ヌクレオソームがとぐろを巻いて中空の菅をつくったイメージです。1周にニュー子体6個を含む太さです。クロマチン繊維と呼ぶこともあります。

 

 クロマチン繊維は、スカフォールドというタンパク質性の軸に付着し、大きく張り出してループをつくり、また戻って付着することを繰り返しながら、染色体の一端から反対の端まで続いています。電子顕微鏡で染色体を見ると、染色体の形に毛糸が集まっているように見えます。クロマチン繊維がひしめき合っているのです。

 

染色体を見る

 

 染色体を観察するためには、光学顕微鏡を使います。その場合、キナクリンという蛍光色素で染めるか(Qバンド法)、軽いトリプシン処理などのあとにギムザ染色する(Gバンド法)と、染色体の長軸沿いに濃淡の横じま(バンド)が見えます。下記の図はGバンド法による正常男女の染色体です。このように染色体を番号順に並べたものが核型です。

ヒトの染色体

 G染色で濃いバンドはQ染色では蛍光が強く、Gで淡いバンドはQでは蛍光が弱いので、どちらの方法を使っても結果は同じです。

Qバンド法(Qバンド法で観察した染色体)

 Gで濃い(G陽性)バンドはDNAレベルで見ると、AT対が多く、遺伝子密度が低いのです。遺伝子のうち、組織特異的に発現する遺伝子の一部だけが分布しています。Gで淡い(G陰性)バンドには、GC対が多く、組織特異的な遺伝子のほかに、ハウスキーピング遺伝子もあるので、遺伝子密度が高いのです。

 

 なお、Cバンド法によると、まったく別の場所が染まります。各染色体の動原体付近、1、9、16番などの長腕の一部、Y長腕の末端側などで、これらの部分はヘテロクロマチンと呼ばれ、短く単純な塩基配列が高度に反復しており、遺伝子はまったくありません。なお、染色体のバンドにはそれぞれ、世界共通の方式で番号がつけられています。

 

染色体異常による病気

 

 染色体ごとに大きさや形がちがい、またバンドの配置に特徴がありますので、Gバンド法やQバンド法を使うと、染色体を個々に見分けることはもちろん、その一部分が欠けたり、重複して過剰になった場合に、見分けることができます。

 

 たとえば5番染色体の短腕の先端側が欠けると、ネコなき病になります。両目の間隔が大きく離れ、子ネコのように甲高い声で泣く知的障害です。同じように見える4番染色体の短腕が欠けると、高度の知的障害、外耳道閉鎖など耳の異常、顔面や全身のさまざまな奇形になります。

 

 21番染色体が1本多いのが、有名なダウン症です。正常では1対ある21番が3本あり、21トリソミーと呼びます。18トリソミーや13トリソミーもあります。他方、21番と大きなも形もそっくりな22番のトリソミーはありません。同様に17番や14番のトリソミーもないのです。

 

 トリソミーが見つかる21、18、13番などの染色体は遺伝子密度の低いバンドの割合が多く、トリソミーが見つからない22、17、14番などは、遺伝子密度の高いバンドが多いことがわかりました。染色体の数の過不足が見つかるのは遺伝子の少ない染色体で、要するに異常の程度が軽かったのです。

 

 重い重症だと、流産するか、妊娠とわかる前に失われるのです。妊娠の初期に自然流産した胎芽を調べると、ほとんどあらゆる種類の染色体異常が見つかります。

 

 ちなみに受精卵のうち15%は流産により失われ、そのうち半数には染色体の異常が見られます。残る半数については、おそらく遺伝子の変化がかなりの頻度で見られるでしょう。結論を出すためには多数の遺伝子を隅から隅まで調べる必要があります。個々に遺伝子を調べる現在の技術では不可能ですが、いずれマイクロアレイの技術で、多数の遺伝子を調べられるようになれば、結論が出るでしょう。

 

染色体上の遺伝子の数は?

 

 ヒトゲノムあたりのDNAh30億塩基対とされています。遺伝子の数については流動的ですが、たとえばゲノムあたり3万と仮定した場合、もっとも大きな1番染色体では2040ほど、もっとも小さな21、22

番あたりですと290ほど、中くらいの大きさの染色体なら1200くらいという計算になります。

 これは単純に長さに比例すると仮定した数字ですが、G陰性バンドは遺伝子密度が高く、G陽性バンドは低い、C陽性バンドにはまったく遺伝子はないといった分布があることは、すでに説明した通りです。


DNAと遺伝子、ゲノム